野村では、2023年10月6日時点で米国の景気後退を予測している。その理由と来年の大統領選挙に向けてのポイントについて、米国野村證券の雨宮愛知エコノミストに詳しく聞いた。

※インタビューは2023年10月6日に実施しています。本記事の情報は2023年10月6日時点のものであり、その後変更されている可能性があります。

不況入りとは、雇用を失う人が出てくること

――米国景気、インフレ動向をふまえて、金融政策の見通しについて教えてください。

野村では、米国経済が近いうちに不況入りすると考えています。具体的には、今年の第4四半期の終わりから不況色が強くなり、2四半期連続のマイナス成長となることを見込んでいます。

――市場のコンセンサスは、「米国経済はマイナス成長を免れる」という見方が多いです。「ソフトランディングまたはノーランディングとなる」と見越している金融機関も多い中で、マイナス成長を見越すのは野村證券の特徴ともいえます。そのポイントはどこにあるのでしょうか。

まず、不況入りとは何を指すか、定義を明確にしておきましょう。一言でいうと、雇用を失う人が出てくるということです。雇用者数の伸びがマイナスになり、失業率が上がるという状態が起きると予想しています。GDPがマイナスになることは不況でなくても一時的にはありますが、そうではなく、雇用がポイントなのです。

なぜそのような予想をしているのか。理由を語るには、なぜこれまで米国の金融政策が効かなかったのか、という理由から話を始めたほうがいいですね。

2019年末から始まった新型コロナウイルスの流行を機に、米国はじめ多くの主要国で大胆な金融緩和を行いました。その結果、米国ではインフレが深刻な問題となり、これをいかに抑制するかが課題となっています。

こうした状況のなか、インフレを抑制する目的で、米国の金利は大幅に引き上げられています。またバイデン政権は2022年8月、米国内の半導体産業を支援する「CHIPSおよび科学法」と、大企業への課税を強化して気候変動や医療費負担軽減に資金を投じる「インフレ抑制法」を成立させました。

しかしこうした政策によるインフレ抑制の成果は芳しくありません。その理由は、「持てる層」と「持たざる層」の綱引きにあると考えています。

富裕層は金利が高止まりしても困らない

「持てる層」、つまり金融資産を十分に持っている富裕層は、2021~2022年の金融緩和の際に、住宅ローンなどの長期債務を、低金利なものに借り換えが終わっています。また、設備投資をする大企業も、この時期に償還までの期間が長い社債を発行するなどして、資金調達が済んでいます。

彼らはいくら利上げしても、困らないわけです。それどころか、金利が高止まりしていると預金収入が増え、更に株高によってもますます資産が増えていくという循環があり、彼らが景気を下支えする強い層となっています。

一方、「持たざる層」はどうでしょうか。彼らは金融資産がないため金利上昇や株高の恩恵を受け難い一方で、高金利のローンを組まなければならず苦しんでいます。その証左として、クレジットカードの延滞率や自動車ローンの延滞率などはじわじわと上がっているのです。

コロナ禍の特例で約3年半の間猶予されてきた学生ローンの支払いも始まります。マクロでみると300億ドルから400億ドルと大きな額ではないのですが、学生ローンを抱えるのは「持たざる層」に多く、彼らの経済的な苦しさを表す象徴的なイベントとなる可能性があります。

そうはいっても、「持てる層」もどこかではローンの借り換えが行われるわけで、高金利によって資金力が削られるタイミングが来るはずです。問題はそれがいつなのか、ということなのです。

――つまり景気の冷え込みがじわじわと起きているものの、利上げの効果は、セオリー通りに出ていないということですね。これから利上げの効果が出てくるとしたら、まずどこから顕在化してきますか。

過去を振り返ると、実は消費から始まる不況はあまり存在しないのです。やはり金利に敏感なセクターから経済がスローダウンすることが多い。まず企業の設備投資に影響し、次に自動車や住宅などの耐久財に影響が及んできます。それが企業収益の悪化を招き、雇用へと波及していきます。そして、人々の所得が落ち込むことによって、その後消費全体に景気悪化の波がくるという経路を想定しています。

雇用は不況入りの直前まで変わらない

――よく不況に至る経路として、過剰貯蓄など消費が落ち込む経路が議論されることがあると思いますが、雨宮さんの指摘はそうではなくて、企業の設備投資から出てくるという点が面白いです。雇用に不況が影響するのは遅いという理解で正しいですか。

はい。雇用は景気に関しては遅行指数なんですね。よく、「これだけ労働市場が強いのだから不況にならないのでは?」と質問を受けるのですが、労働市場は、不況入りする直前まで良い状態に見えるというのが通例です。今も毎月発表されている雇用統計では、非農業分野の雇用者数に15万人以上の伸びがありますし、失業率も上がっていませんよね。

ところが、労働市場を細かく見ていくと、一人当たりの労働時間のトレンド、人材派遣業の雇用者数、転職を目的とした自己退職数、企業の総採用数などの指標でいずれも悪化のサインがあり、雇用だけが変わっていないという状況です。

つまり労働市場のクールダウンは確実に起きている。あとは時間の問題です。レイオフ(解雇)がどこかのタイミングで増えていき、それが不況入りとなると考えています。

もともと野村では2023年7~9月にもマイナス成長が始まると予想していましたが、それは起きませんでした。「持てる層」が景気を下支えする力が、野村が予想していたよりも強かったため不況入りが遅れているのですが、どこかのタイミングでいずれ不況入りすると見ています。

――そもそも、不況入りを免れることはできないと考えるべきでしょうか。

FRB(連邦準備理事会・米国の中央銀行を意味する)の立場でみると、好景気が続くということはインフレ再燃リスクがなくならないことを意味しています。今、FRBは長期金利の上昇は許容していますよね。株価のバリュエーションが圧力を受け、株価が下がって富裕層の消費力が減ることにつながることを期待しているのでしょう。

それで十分効果があればいいですが、効果がない場合、次は量的引き締め(QT)が議論の俎上にのるかもしれません。なんとかして富裕層の体力を奪わないと、インフレ再燃リスクがなくならない。そのために、不況をもたらさなければならないとも解釈できます。

――来年は、大統領選挙を控えています。もし不況入りしたら現職にとっては向かい風となりませんか。

過去の大統領選挙では、夏場の失業率と株価で、11月の大統領選挙の行方がわかると言われてきました。ところが、インフレがその状況を変えてきていると思います。

2022年11月の中間選挙では、景気が強いにもかかわらず、民主党は連邦議会下院の議席を失いました。インフレがある以上、好景気の恩恵を感じられない有権者が多かったということでしょう。

つまり来年の選挙に向けては、これまでのように景気減速を防ぐための拡張的な財政政策が打たれるという法則は成り立ちません。「ちょっとやそっとの景気の減速が起きても、助け船を出すのを我慢する年になる」と考えています。

もしトランプ氏が当選したらどうなるか

――米国民の所得格差をついて下馬評を覆し大統領に就任したトランプ元大統領が、共和党候補として出てくるだろうと言われています。

前回、トランプ氏が大統領に当選したときは、上下両院で共和党が過半数議席を取ったため、財政対策を打ちやすかったんですね。議会の選挙がどうなるかによっても市場の反応は大きく変わるでしょう。

トランプ氏が大統領となり共和党が上下両院で過半数議席を取り返すと仮定すると、トランプ減税の第2弾が始まると思います。今回は財政赤字やインフレが問題となっていますので、減税のために社会保障を削るなどの政策が出ると予想されます。

一方、上下両院での過半数議席が取れずにねじれ議会になると仮定すると、ホワイトハウスだけでできる外交、安全保障、規制改革などでトランプ色が出てくることになります。

例えば、バイデン政権が進めている電気自動車へのシフトなどのエネルギー対策についても規制緩和をし、シェールオイル(地下深くの地層に含まれる原油)の増産を認めるなど、自国でのエネルギー生産を増やし、OPEC(石油輸出国機構)への依存を減らすでしょう。

また、バイデン政権では、大企業に対して独占禁止法違反の訴えを起こすなどの動きがありますが、これも取り下げになるでしょう。移民政策も停滞し、労働市場がタイト化すると予想できます。トランプ氏が、ロシアのプーチン大統領と個人的に懇意にしていたことも踏まえると、対ロシア・ウクライナとの関係がどうなるかも不透明です。

バイデン政権がはらむ矛盾

一方、バイデン政権が継続となる場合も、問題含みです。今のバイデン政権は政策と支持層の矛盾があちこちにあり、身動きが取れない状態となっています。

自動車業界のストライキをとってもそうです。バイデン政権はグリーンエネルギーの普及を推進していますが、自動車業界の労働組合を支持母体としています。組合から見ると、自動車のエンジンがモーターに置き換わると雇用が減ってしまうという矛盾をはらんでいるのです。

また、環境団体が支持母体にいるので、原油生産を進めたくてもできず、OPECに増産をお願いすることになるというジレンマもあります。

移民政策についても、バイデン政権は有色人種の支持層が厚いので、移民に厳しい政策は取れません。しかし、不法移民が大量に入ってきており、ニューヨークなどの都市では不法移民のシェルターが財政を圧迫しています。

いずれにせよ、来年の大統領選挙から金融市場をみると、不確実性が高まるのは確かです。来年は選挙に向けて市場のボラティリティが上がることに注意が必要です。そのときに利下げがあると安心材料にはなりそうです。

――2023年10月、米国史上初めて、米連邦議会下院議長が解任されるという騒動が起きました。今は政府閉鎖こそ免れているものの、正式な予算案は成立していません。格付け会社大手3社のうち2社が米国債券をAAAからAAプラスへと格下げしており、今後も格下げが進むのではないかという見方もありますが、どう考えますか。

格付け会社大手3社が、米国債をAAAからAAプラスに格下げした場合に、売らざるを得ない投資家がいるのか、というところから考えましょう。結論から言うと、私の考えでは「いない」です。

今回議論になっているのは、米国債の長期債の格付けのため、短期債の運用をしている人には影響がありません。長期債で運用している年金基金や保険会社の機関投資家からすると、気にしなくてはならないのは格付けではなくインベストメントグレードです。投資適格か不適格かが投資対象から外す見分けどころであり、格付けがAAプラスになったからといって機械的に売る投資家は出てこないでしょう。

しかし格下げのインパクトは、心理的なものとして出てきます。

米国の好景気が長期で保たれる場合、長期金利も高止まりする公算が大きいです。連邦政府の利払い負担はどんどん膨らんでいき財政赤字は深刻化します。そのため、長期債に投資する投資家が利回りの上乗せを要求する「財政プレミアム」の議論になります。格付けの件が加わり、やはり米国の信用力がおかしいのではないか、財政の持続性がないのではないかと議論になるわけです。

そしてまた長期金利が上がる、利払い負担が増えるという悪循環に陥ってしまいます。この循環が、不況入りするまでは続いてしまうのです。

不況入りはこの状況を変えるためには必要であり、不況入りまでの期間が長ければ長いほど、反動が大きくなるのです。

――不況入りというとネガティブなイメージがある人も多いと思いますが、今の米国にとっては単純に悪い現象ではない、ということですね。ありがとうございました。

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ご投資にあたっての注意点