マクロ指標に見る値上げ行動の変化

日本企業の価格設定が前向きの変化を続けている。企業の値上げに関する行動の変化を、まずマクロの観点から確認する。

日本企業の「値上げ力」が全体として高まり、交易条件が改善している様子は、需要ステージ別の価格指数によく表れている。投入価格のうち最も上流に位置するステージ1は、国際商品市況と連動し、2022年半ばにピークアウト。23年1月から8月にかけて、ほぼ横ばいで推移している。これに対して、最終需要向けの財・サービス価格は、新型コロナ禍の落ち着きに伴う経済活動再開の恩恵もあり、23年春先から再上昇に転じている。

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企業の値上げは、円安やインバウンド(訪日外国人)需要のような外部からの押し上げ作用だけではなく、徐々に自己実現的な色彩を帯びている点が重要だろう。例えば、日銀の企業向けサービス価格指数をみると、ソフトウェア開発および情報処理・提供サービスの価格の上昇が目立つ。慢性的な人手不足は、企業のIT(情報技術)システム投資を後押しすると同時に、IT システム開発を請け負う企業の価格転嫁も促している。

企業の、「値上げ力」に対する自己認識はどうか。日銀短観の価格判断DI(景気動向の方向性を示す指数)をみると、04~08年の資源高局面では、仕入価格DIの上昇に比べ、販売価格DIの上がり方は不十分であり、真のデフレ脱却は果たせなかった。一方、現在は仕入価格DI が04~08年の資源高局面と同等の水準に達する一方、販売価格DI が過去の水準を上回って大幅に上昇している。これはデフレ期以前と比較しても顕著な変化と言える。

ミクロ面での値上げに関する動きの変化

ミクロ面でも、値上げに関する日本企業の動きには様々な変化が見られる。企業の動きを大きく分けると、①製品・サービスの付加価値向上、②「値上げ」に対する企業の考え方の変化、③料金体系・制度の変更、④費用増加や仕入価格上昇への対応、と分類できる。

第一は、自社製品や提供するサービスの付加価値を上げて、その対価を引き上げるという、値上げの王道とも言うべき動きである。

食品では、プレミアム商品を強化するとともに「価格は原価に基づいて決定するのではなく消費者が納得する水準で良い」という、女性開発者の新たな視点を取り入れた事例がある。ダイバーシティ(多様性)の好影響を物語ると同時に、企業の価格設定方法に根本的な変化が生じている一例となっている。鉄鋼では、カーボンニュートラル体制を導入した欧州子会社が、全製品に対してプレミアム価格を付与し、利益率改善につなげた動きがある。

第二は、値上げに対する企業の考え方が変化してきたことである。従来、日本企業は「やむを得ない場合」を除き、値上げに消極的であった。しかし、将来にわたって質の高い製品・サービスの供給を続けるためには、適正な利潤を得ることが必要である、という考え方が広がりつつある。

民生用エレクトロニクスでは、メーカーが在庫リスクを負う代わりに販売価格を指定し、適正な収益性を確保するための「指定価格制度」の導入が広がりつつある。この事例は付加価値向上による値上げという側面も併せ持っている。

第三は、料金体系・制度の変更で、各種インフラなど公益性の高い産業で見られる動きである。これらの産業では、提供するサービスの安定性、持続性が重要であり、企業の投資負担も小さくない。最近の制度、料金体系の変更は、企業が負担した必要な費用を適正に価格に反映させるための変更と言える。

第四は、費用増加や仕入価格上昇に対応した値上げで、従来から見られる一般的な値上げである。小売では、仕入価格の上昇に対応する形で、22年秋以降に各業態で価格引き上げの動きが広がった。同時に、「インフレ警戒」を強める顧客層に対しては低価格商品も提供することで、消費者の幅広いニーズに対応する動きも出てきている。日本企業の価格設定トレンドが必ずしも値上げ一辺倒ではないという点で、これも無視できない動きである。

(野村證券市場戦略リサーチ部 元村 正樹)

※野村週報 2023年11月6日号「焦点」より

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