十二支に割り当てられた漢字が実際の動物とは似ても似つかない形であるのに対し、「巳」の字はどこか蛇を思わせます。実際、これは冬眠から目覚めた蛇が地上へ這い出してくる姿を表した象形文字という説があります。

足を持たずニョロニョロと這う姿や毒を持っている種が多いことなどから、蛇に恐怖心を抱く人は少なくないでしょう。「鬼が出るか蛇が出るか」「藪から蛇」といった慣用句は、そうした人の心理を反映したものと言えます。

人は怖いと感じるからこそ蛇に並々ならぬものを感じ、さまざまな物語に登場させました。『旧約聖書』では、蛇は主なる神が造られた動物の中でもっとも賢いとされ、エデンの園でイヴに禁断の果実を食べるよう言葉巧みに誘った存在として描かれています。日本では、『古事記』や『日本書紀』に登場する八つの頭と尾を持つヤマタノオロチという大蛇が有名です。

畏怖の念から信仰の対象にもなりました。強い生命力を持っていることや何度も脱皮を繰り返す様子から、蛇は「不老不死」や「死と再生」の象徴とされます。自身の尾を噛み環状になった蛇のウロボロスがその典型です。日本では弁財天の使いとされ、金運や商売繁盛に関係するとされます。脱皮して成長していく姿が、繁栄や再生を象徴すると考えられたのでしょう。

それでは恒例の「乙巳(きのと・み)」縁起談。二回り前の乙巳は明治38年(1905年)です。前年から続く日露戦争で、日本はロシアに勝利します。日清戦争を上回る大規模な戦争で、約8万4,000人の戦死者と約20億円(現在に換算すると約2兆6,000億円)の支出となりました。アジアの国であっても欧州の大国に勝てることを示し、日本は国際社会での影響力を強めていきます。

一回り前の乙巳は昭和40年(1965年)。3月には人類初の宇宙遊泳が実現。旧ソ連の宇宙飛行士が宇宙船から外に出て、約12分間の宇宙遊泳を行いました。国際関係では日本が6月に日韓基本条約に調印、韓国との国交正常化が行われました。

また、5年後の昭和45年(1970年)に日本万国博覧会(大阪万博)の開催が決定したのもこの年。アジアで最初の国際博覧会となりました。

11月にはいざなぎ景気が始まります。昭和29年(1954年)からの神武景気、昭和33年(1958年)からの岩戸景気を上回るものになるよう期待を込めて名付けられ、57ヶ月におよぶ戦後最長の好景気となりました。この時期には、「新・三種の神器」と呼ばれた「カラーテレビ(color TV)」、「自家用車(car)」、「クーラー(cooler)」のいわゆる「3C」が急速に普及し、人々の生活が豊かになっていきました。

市民の間でベトナム戦争への反戦の機運が高まっていったのもこの年です。きっかけは、米軍によるベトナム北部への空爆で、多くの一般市民が亡くなったと報道されたことです。4月には哲学者の鶴見俊輔氏らによって「ベトナムに平和を!市民連合」、通称「ベ平連」が結成。反戦運動が盛り上がっていきます。

日本の快挙も相次ぎました。野球では、野村克也氏が三冠王に輝きます。戦後初であったことに加え、捕手としては世界初でした。また、物理学者の朝永振一郎氏が日本人として2番目のノーベル物理学賞を受賞したのもこの年です。

「乙(きのと)」は十干の2番目で、草木の幼い芽がやわらかく屈曲しながら伸びていく状態を指します。「巳」の字義は「已(やむ)」に通じ、万物がすでに盛りを極め、実を結ぶ時期が到来することを表します。これから発展していく「乙」と、最大限に繁栄した「巳」の組み合わせから、令和7年(2025年)の乙巳はこれまでの努力が実を結び、成果が現れる年になると読み解くことができるでしょう。

米国では大統領が交代、隣国韓国では大統領の弾劾が成立、ウクライナや中東では緊張が続きます。さまざまな変化が起こりそうですが、強い生命力を持ち金運を司る蛇にあやかって、私たちも「脱皮」し大きく成長していく吉年となりますよう。

(紙結屋小沼亭)

※野村週報 2025年新春特別号「乙巳」縁起より

※こちらの記事は「野村週報 2025年新春特別号」発行時点の情報に基づいております。
※画像はイメージです。

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