執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
ヴァイス・プレジデント 中村 さやか(2025年1月20日)
はじめに
渋谷や新宿といった繁華街の小売量販店やドラッグストア等に入ると、棚を覆いつくす様々なフレーバーの「キットカット(製造元:ネスレ日本株式会社、本社:兵庫県)」や、季節ごとに新しいフレーバーが出る「アルフォート(製造元:株式会社ブルボン 、本社:新潟県)」等、日本でしか購入できないチョコレート菓子が、次々と訪日外国人観光客(以下、「インバウンド観光客」)に買われていく姿に、圧倒された読者も少なくないのではないか。また、日本を代表する空の玄関口である羽田空港国際線のお土産売り場では、インバウンド観光客から絶大な人気を持つ「ROYCE(製造元:ロイズチョコレート株式会社、本社:北海道)」や「白い恋人(製造元:株式会社石屋製菓、本社:北海道)」といった銘菓を、空港従業員の方がひたすら品出ししている人気ぶりである。インバウンド観光客に大人気の日本のお菓子は、この先どのような可能性を秘めているのであろうか。
1.日本の菓子業界の現況
あらゆる産業で人口減による需要減が待ち受けていると言われる国内市場において、菓子類は、コロナ禍の特殊要因を除くと、過去10年間で生産金額、小売金額、生産数量は小幅ながらも毎年増加基調である(図表1)。品目別では、特にチョコレート菓子、スナック菓子の貢献度が高い。また、総務省の家計調査を見ると、1世帯あたりの消費額はコロナ禍の巣ごもり消費の特殊要因はあれ、過去10年間で堅調に消費額が伸びている(図表2)。また、堅調な国内消費に加え、海外への輸出、そしてインバウンド観光客によるお土産需要といった「外需」主導の要因も貢献していると思われる。
まず、海外への輸出については、過去10年間で、数量ベースでは2013年の1.4万トンから2023年の2.8万トンと1.57倍に拡大し、同じく金額ベースでは同159億円から同430億円と2.7倍まで伸長するなど、2023年度[1]には輸出が、数量・金額ともに過去最高を更新した(図表3)。
輸出品目(2023年度)をみてみると、1位がキャンディー類(ココアを有しないもの)、2位がチョコレート菓子(塊状、板状、または棒状。詰物なし)、3位があられ、せんべいその他米菓となっている。特に過去10年間では、キャンディー類(ココアを有しないもの)の増加幅が大きく、数量・金額ともに2倍以上の伸びとなっている。
輸出金額が過去最高を更新した背景には、輸出数量が伸びたほかに、円安およびお菓子の主原料である卵や小麦粉、カカオ豆等の原材料の高騰・水道光熱費の高騰による価格転嫁が進んだ要因もある。
輸出数量が増加した背景には、主に、①海外における日本食ブーム(例:スーパーフードとしての抹茶、人気なフレーバーとしての柚子関連食料品への支持拡大)およびインバウンド観光客増加による相乗効果を伴った消費者ニーズの高まり、②メーカー側の海外進出意欲の高まりによるマーケットインの商品開発(例:森永製菓株式会社の「ハイチュウ」の米国での躍進、カルビー株式会社・亀田製菓株式会社のローカライズ戦略)、③政府の後押し(例:輸出拡大実行戦略に基づく具体的な施策の輸出重点品目28品目の選定)等の事業環境の整備がある。
次に、インバウンド観光客によるお土産需要については、近年の円安の追い風に加え、インバウンド観光客を乗せる航空便の本数もコロナ禍前の水準に戻ったこともあり、絶好調である。日本政府観光局によると、2024年1月から11月までに日本を訪れたインバウンド観光客は推計で3,337万人となり、仮に2024年12月に2023年12月と同数の237万人が訪日した場合、2024年12月には3,574万人になる見通しである。この見通しは、コロナ禍以前の過去最多記録である2019年の3,188万人を更新することとなる。なお、国・地域別のインバウンド観光客数では、台湾、韓国、中国、香港、米国が上位5か国を占めている。
さらに、インバウンド観光客一人あたりの菓子購入額は、2023年に11,107円と過去最高を更新しており、2013年の9,583円から15.9%増加している(図表4)。2023年のインバウンド観光客一人あたりの菓子購入額である11,107円に、2024年のインバウンド観光客推計値の3,574万人を積算すると、なんと3,969億円超の菓子購入額となっており、もはや菓子類の国内市場の10.8%を占めていることが分かる。
図表4 インバウンド観光客一人あたりの菓子類購入額[2](2013~23年)
2.越境ECの足元の状況
インバウンド観光客の増加は、旺盛なインバウンド消費に繋がっている。さらに、インバウンド観光客の消費行動は日本滞在時に限らず、本国に帰国しても、旅行時に購入したものを再度購入したいと考えるインバウンド観光客、そしてインバウンド観光客の旅行滞在中のSNS投稿やお土産等の影響に感化されて購買行動を起こす層が一定数いることから、日本から海外へモノやサービスを販売する越境EC(電子商取引の略称)の活況にも繋がっていると言われている。
経済産業省が実施した「令和4年度 電子商取引に関する市場調査」[3]によると、2021年の世界の越境EC市場規模は7,850億USドルと推計され、2030年には7兆9,380億USドルと10倍以上の拡大が予想されている。中でも、日本を訪問するインバウンド観光客のうち、5本の指に入る米国人観光客と中国人観光客の母国市場は巨大だ。同調査によると、令和4年度末において、日米間の越境BtoC-ECの市場規模は、1兆3,056億円、日中間の越境BtoC-ECの市場規模が2兆2,569億円となっており、今後の拡大が見込まれる。
越境ECは通常の商流と比較すると、出店コストの低さが圧倒的な利点として存在する。海外進出を希望する事業者からすると、海外に実店舗を展開する場合、現地で責任者を採用あるいは現地に責任者を派遣して市場調査や物件調査を行い、テナントを契約し、実店舗を完成・運営していくためには相当なリソースが必要である。また、販売する商品も、当初は日本から輸送する必要があると思われる。その点、越境ECサイトであればインターネット上に店舗を開設するのみで、手続きが遥かに容易となる。
一方で、越境ECであっても、食料品については、現地の顧客の食習慣や好みの味などニーズに合わせつつ、日本らしさを失わずにローカライズさせていく難しさがある。また、米国や欧州をはじめ食品の輸入規制が厳しく、小売販売向けの商品を開発するためには、添加物を含む原材料や輸出入に関する知識も必要となるため、日本の中堅・中小企業が個別に対応するには非常にハードルが高い。さらに、現地の物流事情は日本のように正確性が担保されていないうえに、輸送・保管時の温度帯の管理が洗練されていないこと等、自らの手ではコントロールできない様々な課題が存在する。従って、自社単体で越境ECに挑戦する決断はなかなかつかないというのが現状だ。
3.日本のお菓子に特化した越境ECスタートアップの先進事例
自社単体で、越境ECに挑戦する決断は、中堅・中小企業にはなかなかつかないという現状がありつつも、追い風となるスタートアップが続々と誕生している。その一つが、海外の顧客へ毎月、定額で日本のお菓子を届けるサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開する越境ECスタートアップであり、先進事例として、株式会社ICHIGO(日本)とBokksu Inc.(米国)が挙げられる。
これらの越境ECスタートアップは、日本のお菓子の可能性に着目し、日本の中堅・中小企業が製造したお菓子を独自に選別し、海外輸出が可能かを調べたうえで、海外に輸出をしている。また、自治体や金融機関と協業し、積極的に日本の中堅・中小企業の菓子を発掘し、インバウンド観光客誘致の一助を担っている。
1)株式会社ICHIGO(日本)[4]
東京に本社を置く株式会社ICHIGOは(以下、ICHIGO)、2015年3月に近本あゆみ代表取締役(以下、近本代表)と共同創業者によって最初のサービス「Tokyo Treat」をローンチした。近本代表は新卒で株式会社リクルート(以下、リクルート)に入社。入社当初は「HOT PEPPER Beauty」の営業担当であったが、入社2年目から国内ECの新規事業の企画担当に就任し、競争環境が厳しい国内ECで成功を収めることは難しいことを学んだ。リクルート在籍中から起業を念頭に置く中で、インバウンド観光客が日本のお菓子を「爆買い」している姿を見て、国内ECは競争環境が厳しいものの、海外向けであればEC事業への参入機会があると考え、リクルートを退社後、 2015年に海外向けの通販事業を手がける「movefast」を創業。 その後、社名を「一期一会」を由来とするICHIGOに変更した。創業以来エクイティ調達は一切行っておらず自己資本経営を貫いている。
現在、ICHIGOは以下、日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)サービス2種、お菓子以外のサブスクリプション(定期購入)型サービス2種、越境ECサイト、オンラインクレーンゲームサービス等を運営しており、日本のお菓子を取り扱う越境ECのリーディングカンパニーだ。
<日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービス>
①「Tokyo Treat」
「キットカット」等の大手メーカーの商品を中心に、15~20種類の日本のお菓子、スナック、ヌードル、飲料、菓子パン等の詰め合わせ。価格は毎月一箱$32.50~$37.50前後。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。各商品の説明等が書かれたパンフレットも含まれている。
②「Sakuraco」
地方の中堅・中小企業である老舗和菓子メーカーによる日本の伝統的なお菓子を中心に詰め合わせ、和雑貨をプラスしている。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。各商品の説明やクローズアップされた都市や地域の紹介が書かれたパンフレットも含まれており、地域振興の一翼を担う。
図表5 ICHIGOの各サブスクリプション(定期購入)型サービス①
<その他日本関連のサブスクリプション(定期購入)型サービス>
①「Yume Twins(ユメツインズ)」
日本のキャラクター雑貨の詰め合わせ。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。
②「nomakenolife.(ノーメイクノーライフ)」
日本と韓国のコスメグッズの詰め合わせ。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。
図表6 ICHIGOの各サブスクリプション(定期購入)型サービス②
<その他サービス>
①「Japan HAUL」
日本の銘菓やお茶などの食料品に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品も販売するECサイト。
②「TokyoCatch」
クレーンゲームをオンラインで操作し、景品を手に入れるオンラインゲームアプリ。EC関連事業の物流倉庫に専用のクレーンゲームを設置し、海外顧客がアプリを通じて操作、獲得した景品を物流倉庫から配送。
ICHIGOは180か国、累計360万個以上の出荷実績を持ち、出荷実績上位3か国は米国、英国、カナダである。次いで、欧州各国が続いており、顧客の8~9割が欧米地域で占められ、残りが中国を除くアジア圏という構成だ。顧客の8割は女性で、「Tokyo Treat」は20~40代と比較的若い層が中心であることに対して、「Sakuraco」は30代以上が多いそうだ。顧客がICHIGOのサービスを利用するきっかけは、友人・知人やインフルエンサーによるSNSや動画サイトへの投稿であることが多く、マーケティングに力を入れている。
驚くことにICHIGOの正社員の8割は海外人材で、特に力を入れているマーケティングの担当者は全て外国人社員である。外国人社員が現地顧客の感覚を取り入れて運営しているため、成功を収めることができていると自負する。また、品質管理および利益率維持の観点から、梱包は日本で内製化して会社設立当初からブランド開発、デザイン、Webサイトの構築・運営、商品開発から梱包・配送に至るまで全て社内で内製化して行っている。
さらに、ICHIGOは自治体や地域金融機関との協業によるコラボレーションを積極的に推進しており、2022年から現在まで14の自治体・地域金融機関との協業実績を持つ。例えば、神奈川県とのコラボレーション企画では、「鎌倉の正月」をテーマにしたボックスや、神奈川県の名産品である「湘南ゴールド」という柑橘を原材料としたゼリーなどの開発を実施した。地方ならではの特色を生かした中堅・中小企業が製造する銘菓は、海外顧客にも好評で、商品のみならず、クローズアップされた都市や地域に興味を持ってもらう情報発信の役割を担っており、こうした動きはインバウンド観光客の増加にも繋がると思われる。
今後は、地域ごとの銘菓だけではなく、雑貨や工芸品まで取り扱う商品を広げていきたいと考えているそうだ。その一歩として、2023年にはサブスクリプション(定期購入)型サービスとECサイトを統合した英語版のアプリ「ICHIGO」をローンチし、販路や新規顧客の拡大を進めるとともに、海外の顧客から「ICHIGOなら、日本のものが何でも買える」と認知してもらえるようなサービスを目指していく。
図表7 ICHIGOによる自治体や地域金融機関とのコラボレーション事例
ICHIGOの進化は止まらず、2024年10月にはGOOD IDEA COMPANY株式会社(本社:奈良県、以下GOOD IDEA COMPANY)の全株式を26億円で取得し、完全子会社化したと発表した。GOOD IDEA COMPANYは、いちごあめ専門店「Strawberry Fetish」やわたあめ専門店「TOTTI CANDY FACTORY」をはじめとした観光客向け飲食店事業を原宿、浅草、沖縄などの観光地を中心に全国で26店舗展開している。「Strawberry Fetish」のいちごあめや「TOTTI CANDY FACTORY」のわたあめは、SNS映えするインパクトが強い見た目で、インバウンド観光客のみならず国内の観光客からも非常に人気が高い。ICHIGOは自社で保有する総顧客数約560万人のグローバルな顧客基盤とGOOD IDEA COMPANYのインバウンド観光客の集客力を駆使し、オンラインとオフラインの両軸で、より多くの海外顧客に日本文化の魅力を伝える幅広い商品・サービスの提供を目指すそうだ。具体的には、既存の越境ECサービスで商品カテゴリーの拡充を図りながら、国内観光地への店舗展開でインバウンド観光客の需要を開拓し、各観光地との連携や中長期的には海外への店舗展開なども視野に入れ、日本発のグローバルスタートアップ企業として事業展開を推進していくとのことだ。
2)Bokksu Inc.(米国)[5]
米国ニューヨークが本社のBokksu Inc.(以下、Bokksu)は、2015年11月にアジア系(カンボジア/中国)米国人のダニー・タン(Danny Taing)氏によって設立された。ダニー・タン氏は、スタンフォード大学卒業後、Googleでマーケターとして勤務。その後、早稲田大学大学院に留学し、日本語を勉強して、卒業後に楽天に就職した。留学時や就職で日本に滞在している間に、様々な日本のお菓子と出会い、その味とバラエティの多さに魅了された。米国に帰国する際に、家族や友達にお土産として持ち帰ると、とても喜ばれるのにもかかわらず、米国から日本のお菓子を気軽に取り寄せるサービスがないということに気づき、Bokksuを起業した。Bokksuは、2022年1月には2,200万ドル(当時の為替レートで約25億円)のシリーズAの資金調達を実施。シリーズAではValor Siren Venturesが主導し、Company Ventures、株式会社サンクゼール、WiL、Headline Asia、Gaingels等が出資した。
現在、Bokksuは日本の菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスや越境ECサイト等の以下の3つのサービスを運営している。
①「Bokksu Snack Box」
Bokksuの目利きによって月ごとに選別された日本のお菓子をボックス(=Box、社名のBokksuの由来)に詰め、サブスクリプション(定期購入)スタイルで世界中の顧客へ提供。各ボックスには日本の中堅・中小企業の菓子製造事業者のお菓子を中心に20種類以上の商品が含まれており、日本のお菓子のみならず、日本茶等のティーバッグやBokksuでしか手に入らない限定のお菓子、さらに各商品の由来等が書かれたパンフレットも含まれている。提供プランは、1年に1度届くプランで$39.99、4か月に1度届くプランで$34.99、2か月に1度届くプランで$32.99、毎月届くプランで$29.99と4プランがある[6]。
②「Bokksu Boutique」
日本の銘菓やお茶などの食料品に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品など比較的価格帯が高い「プレミアム品」を販売するECサイト。
③「Bokksu Market」
醤油やみそなどの日本の調味料、麦茶・ほうじ茶・緑茶などの日本の飲料、「ポッキー」や「キットカット」などの量販店向けお菓子といった日持ちのする「日用品」を販売するECサイト。
Bokksuは、既に100か国・100万ボックス以上の出荷実績を持ち、米国とカナダを中心に3万人超の定期購入顧客[7]が存在する。その顧客の多くは30代から40代の「日本が好き」という親日派の顧客だ。
現在、ニューヨーク本社と東京支社の2拠点があり、ニューヨーク本社のチームは、東京チームから送られてくるお菓子の試食・選別、企画立案、Webサイトの構築・運営、物流・カスタマーサービスを担当し、東京のチームは新たなお菓子の発掘、契約先となる菓子製造事業者との契約管理、プライベートブランド商品の契約先管理を担当している。また、米国・ニュージャージー州に自社で倉庫を構え、物流を内製化することで、日本に比べて物流事情が劣る米国でのサードパーティーロジスティクスのコスト削減および品質維持に努めている。
月ごとのボックスは、テーマ決定の1年以上前から動いており、顧客満足度の向上に向けて相当な労力が注がれている。具体的には、まず、東京チームが発掘した100種類以上の候補品を、月ごとに決まったテーマと色に沿って40種類に絞り込んだ後、各メーカーと直接連絡をとって取り寄せた試食品をニューヨーク本社の20名程度のスタッフで試食会を行い、品評のうえ、最終化していくプロセスに3ヶ月ほどかけている。その後、ビジネスモデルの特徴となるBokksuの目利きによって、選別されたお菓子を製造するメーカー、とりわけ地方の中堅・中小企業と直接取引を行う。このような企業が自社で海外展開するのは難しいうえに、越境ECプラットフォームに乗ることさえハードルが高い。それらを全てBokksuにお願いすることができる。日本の中堅・中小規模の菓子製造事業者が、海外スタートアップと共同で商品開発を行う事例は聞いたことがなく、画期的な取り組みと言える。これは、Bokksuの主要顧客である20~30代の現地消費者の「スモールビジネス(中堅・中小企業)をサポートしたい」、「丁寧に作られた製品を取り入れたい」、「社会貢献がしたい」というニーズとも合致しており、Bokksuのビジネス方針に共感した強固なファン顧客がBokksuのサービスを支えている。
さらに、Bokksuは顧客のお菓子へのフィードバックを、直接、取引先である菓子製造事業者に共有し、菓子製造業者の商品開発をサポートしている。2023年6月には、Bokksuの日本法人が、JETRO(日本貿易振興機構)の「対日直接投資喚起事業費補助金」の事業者に採択されるなど、Bokksuの取り組みが日本の菓子製造事業者の海外販路拡大並びに地域経済への発展に貢献することが評価されている。
なお、Bokksuはスタートアップにも関わらず、同業者の買収も試みている。2023年9月には、日本を代表するポップカルチャーと共に、日本のお菓子を届けるサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開しているJAPAN CRATE合同会社(本社:東京都)を買収し、①10代後半から30代前半のBokksuよりも若い顧客層、②アウトレット店舗を含む5,000店以上の店舗を持つ米国内の小売パートナーとの取引関係を手に入れ、小売店チャネルでの展開も図っていくと発表した。この買収により、Bokksuは日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開する企業において最大規模となり、実店舗とオンラインショッピングを通して、顧客により差別化した体験を提供していくとのことで、益々の成長が期待される。
これまでみてきたように、ICHIGO、Bokksuは、共に外国から見た日本のお菓子の多品種・季節性というユニークポイントやインバウンド観光客の「爆買い」需要から、日本のお菓子の可能性に商機を見出し、中堅・中小の菓子製造業者の銘菓を含めたスナックボックスをサブスクリプション(定期購入)型サービスという形で提供している。そして、両社の商品に、銘菓の背景やクローズアップされた都市や地域をまとめた冊子同封することで、日本への興味を深めてもらい、インバウンド観光客を増やす情報発信の一翼を担っている。
さらに、顧客からのお菓子へのフィードバックを、菓子製造事業者にフィードバックすることで、菓子製造業者の商品開発の意思決定をサポートしており、日本の中堅・中小企業にもメリットがある形の事業運営を推進している。また、日本のお菓子に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品にまで販路を提供している点においても、総合的に地域振興に寄与していると言っても過言ではない。
菓子製造事業者としても、ICHIGOやBokksuのサブスクリプション(定期購入)型サービスのスナックボックスの中に、自社のお菓子が採用されることは、自社のみで闇雲に海外進出を行うのではなく、自社のお菓子がどのように海外の方に受け取られるのか、テスト・マーケティングとしても非常に参考になり、自社の商品開発の方向性や海外進出をはじめとする事業戦略を見直す好機になっているという。
おわりに
日本には大手メーカーが製造する量販店で販売されているお菓子や地方の中堅・中小企業が作っている銘菓、どちらも豊富な種類が存在する。また、季節ごとにフレーバーが変わるないしそもそも季節限定でしか販売していないお菓子もある。一方で、海外は、昔から存在する定番のお菓子が、1年中同じフレーバーで販売されている。バレンタイン、ハロウィン、クリスマス時は、イベントに応じて包装が変わることがあっても、原則、フレーバーは同じである。従って、日本に居住しているとなかなか気づきにくいことではあるものの、春になれば、チョコレート菓子や飲料を「桜」フレーバーや「桜」色に変えたり、夏になれば、ゼリー類に金魚が浮いていたり、飲料を「ラムネ」フレーバーに変えて「涼」を楽しんだり、秋になれば、チョコレート菓子やスナック菓子の素材に「カボチャ」や「焼き芋」を用いたり、冬になれば、「雪」を模した「ホワイトチョコレート」商品を楽しんだりといった「季節を味わう」ことができるのは日本のお菓子ならではであり、事業上の唯一無二の強みなのである。
また、海外は国土が広いからか、都市部であっても、日本の都市部のように、徒歩圏内にいくつもコンビニエンスストアやスーパーマーケットがあるという環境ではないため、定期的に自宅まで物品を届けてくれるサブスクリプション(定期購入)型サービスは、顧客にとって非常に利便性が高く、2013年ごろから物販系・サービス系を含むあらゆる種類のサブスクリプション(定期購入)型サービスが広がった。
さらに、海外にも、日本でいう「10時のおやつ」や「15時のおやつ」のようなスナッキング(Snacking:おやつを食べること)文化があることが多く、文化的にも、お菓子に特化したサブスクリプション(定期購入)型サービスはマッチしたのだ。
時流と文化的背景に対して日本の強みがフィットした結果、ICHIGOやBokksuは目覚ましい事業成長を遂げたのである。そして、両社は日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスに始まり、日本の日用品、美容品、工芸品等カテゴリーを増やして越境ECサイトを運営し、オフラインチャネルの拡充を狙ったM&Aを実施する事業戦略を展開し、急速なスピードで事業を推進している。
今後は、いかなる消費者向けビジネスにおいても、リアルな体験と越境ECにおける統合的な体験設計が求められるはずだ。お菓子を製造・外食等で提供する企業にも、インバウンド観光客の滞在時の体験設計と帰国後のフォローアップ体験の統合を視野に入れて商品開発・店舗開発・マーケティング企画を行うと、海外での事業機会がさらに拡大し、売上増・利益増に貢献するのであろう。
筆者としても、今後もユニークで美味しい日本のお菓子が、国境を越えてその価値を認められる、日本を訪れるインバウンド観光客が増え、さらに日本のお菓子の消費が増えるという良い循環が益々強化されることを切に願い、越境ECスタートアップの事業成長を見守りたい。
[1] 全日本菓子協会 菓子データ 令和5年度 https://anka-kashi.com/images/statistics/r05.pdf
[2] https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph–average–spending–per–capita–by–category より各年の「全体」の金額を参照
[3] 令和5年8月 経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/statistics/outlook/230831_new_hokokusho.pdf
[4] 「日本のお菓子のサブスクで世界中に笑顔を届けたい ICHIGO代表・近本あゆみ【2024年度入学記念号】 – 早稲田ウィークリー 」 https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2024/04/05/116665/参照
「サブスクサービスの新機軸。「海外越境EC」との掛け合わせで日本のお菓子が大ヒット」https://www.dentsu-pmp.co.jp/contents-bae/subscription_ichigo参照
[5] 【#112】五感すべてを満足させるお菓子を提供。日本のお菓子を通して日本文化を世界中に届けたい|CEO Danny Taing(ダニー・タン)(Bokksu Inc.) – ベンチャー.jp、参照
[6] 2024年12月末時点
[7] 2023年時点。会社発表。コロナ禍では、巣籠需要をとらえて4万人超の定期購入顧客がいたものの、コロナ禍は落ち着いた模様である
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