①先週の振り返り:強い雇用…株価はなぜ上昇?

 先週最も市場の関心を集めた指標は、2日(金)発表の「11月雇用統計」でした。平常時であれば、雇用統計が”強い”と株価は上昇すると考えられます。一方、足元ではインフレの高止まりとそれに伴うFRB(米連邦準備理事会)の金融引き締めがテーマとなっており、インフレの一因となり得る雇用が”強い”と株価下落に繋がりやすいことは、先週の本シリーズでもお伝えした通りです。

 結果として11月雇用統計における非農業部門雇用者数は前月比+26.3万人と市場予想(同+20.0万人)を大きく上回りました。また、失業率は3.7%と低水準で横ばい、平均時給は前月比+0.6%と、いずれも”強い”雇用環境を示す統計であったと言えます。

 このように雇用が”強”かったにも関わらず、2日(金)のNYダウは(一旦下落したものの)小幅ながら前日比上昇で終えました。背景には2つの要因が考えられます。

 1つは、30日(水)時点でパウエルFRB議長が、12月FOMC(米公開市場委員会)で利上げぺース減速となる0.50%ポイント利上げなどタカ派的な姿勢を緩める発言をしていたことが挙げられます。もともとFRBは「データ次第」、「単月のデータでは判断できない」というメッセージを繰り返しています。先週発表された雇用統計以外の指標(PCE(個人消費支出)デフレ―ターなど)はインフレ鈍化を示唆する中で、雇用統計のみでインフレを判断すべきでない、との見方が広がった可能性が考えられます。

 もう1つは、より詳細に見れば、雇用統計自体も過度にインフレを警戒する内容ではなかったという点です。当社米国拠点は、今回の調査回答時期が感謝祭と重複したことで回答率が歴史的な低水準となったことを指摘しています。景況悪化の影響を受けやすい小企業の回答が遅れて提出される結果、確報の段階で下方修正されうるとみています。また、平均時給の高い伸びには、週労働時間が34.5時間→34.4時間と減少したことで、算出される平均時給が+0.3%ポイント程度押し上げられた側面も指摘しています。もっとも、上記の指摘はあるものの、現時点ではヘッドラインの「前月比+26.3万人」を少し割り引く必要がある、という程度に捉えてよいでしょう。

 サービス業、特に娯楽・宿泊・外食が雇用のけん引役になっている(サービス業全体で+18.4万人、娯楽・宿泊・外食が8.8万人)ことは事実で、総じて雇用は堅調でした。

②今週の気になる指標:5日(月)のISM非製造業景況指数

 今週からFRBはFOMC前の沈黙期間(金融政策に関する発言を自粛期間)に入っており、金融政策の見通しについてはFOMC参加者から言及がありません。大きなニュースがなければ、全体としては13日のCPI(消費者物価指数)あるいは、13日・14日のFOMCに視線が移っていく週となりますが、今週だからこそ注目したい2指標を紹介いたします。

第1は11月ISM非製造業景況指数

 第1はISM非製造業景況指数です。ISMには「製造業」と「非製造業」2つの景況指数があり、いずれも注目度が高い指標です。景況感を見る上で、(速報性もあるため)話題に上りやすいのは「製造業」の方ですが、現在はサービス業が米国のインフレをけん引しています。30日(水)のパウエルFRB議長講演でも、コアインフレ率を財・家賃・家賃以外のサービスの3つに分類した上で、「家賃以外のサービスが、今後にとって最も重要」と言及していることもあり、注目指標として11月ISMサービス業景況指数を取り上げたいと思います。

 ブルームバーグの調査によれば、市場では10月の54.4から53.3へ低下が予想されています。 野村予想は51.4と市場予想よりさらに低く、このように減速が進めば、インフレ懸念が和らぎ株価には上昇材料となるでしょう。

第2はミシガン大学消費者信頼感指数

 第2は9日(金)に発表されるミシガン大学の消費者信頼感指数です。同指数自体も重要ですが、同時に発表される消費者の1年先や5-10年先の予想インフレ率は、インフレを別の角度から見る指標として注目が集まります。将来インフレになると予測する消費者が多い場合、自己実現的に足元のインフレを助長しうるため、上振れには注意が必要です。

③今週の気になる決算:8日(木)のブロードコム

※ここで取り上げる銘柄は、あくまで「今週決算発表がある企業およびその関連企業」のうち、「米国経済やセクター全体を見通す上でインプリケーションが多い」という観点で言及するものです。個別銘柄の勧誘・助言を目的とするものではありません。

半導体×ソフトウェアの企業、ブロードコム

 ブロードコム(AVGO)が8日(木)に8-10月期決算を発表します。ティッカーコードが「AVGO」となっているのは、旧アバゴ・テクノロジーズが母体となっているからで、買収したブロードコムの社名を採用し現在に至ります。iPhoneなどスマートフォン向けの通信半導体が有名で、旧ブロードコムが扱っていたネットワーク関連半導体など多種の製品・サービスを提供しています。特徴的なのは、売上高のうち20%強がソフトウェアとなっていることです。直近ではセキュリティソフトウェアのシマンテックの法人向け事業の買収などでソフトウェア分野を強化しました。また、仮想化ソフトウェアのVMウェアも買収予定です。

 当社が米国経済の見通しにとって重要な理由の一つに、半導体企業であるということが挙げられます。先週発表された2022年秋季の半導体市場予測(WSTS)では、春季に前年比プラス予測だった2023年の半導体市場が、マイナス成長見通しに転じています。ただし、同予測では2023年後半には回復に向かうとの見通しも示されています。当社の2023年10月期に向けた見通しには注目したいと考えます。

 次に、顧客セクターに対するインプリケーションが重要で、スマホ向けに注目が集まります。コロナ禍の反動で、消費の矛先が財→サービスに移る中でスマホ全体は厳しい需給環境にさらされてきました。スマホはPC等に比べて需給が改善してきたとの調査もある中、当社の受注から需給環境に関する情報を得ることができそうです。また、ネットワーク半導体の主力顧客はデータセンター向けです。11月21日号でも触れた通り、半導体セクターの重要な需要先がデータセンターを持つ大手IT企業であり、受注動向が参考になります。

 最後に、ソフトウェア事業に関する情報が得られる点も肝要です。先週、多くのソフトウェア企業が8-10月期決算を発表しました。セールスフォース・ドットコム(CRM)は、8-10月の業績で市場予想を下回るなど、堅調だったBtoBソフトウェアの世界にもEPS(一株当たり利益)減速の足音が聞こえてきます。ブロードコムが得意とし、ソフトウェアの中でも「必需品」とも指摘されるセキュリティの分野も、盤石ではありません。先週クラウド・ストライク・ホールディングス(CRWD)、 ゼットスケーラー(ZS)ともに、足元の売上高・EPSは市場予想を上回った一方、通期では会社見通しの中央値が市場予想を下回り、株価は下落しました。きたる景気減速/後退局面に向けて、見通しも市場予想を上回らない限りは市場は評価しづらいというのが、現状のようです。

 年明けの決算発表ラッシュに向けて、着実に情報を集めていきたいと考えます。その他、気になる企業決算としては自動車部品販売のオートゾーン(AZO)や、コストコ・ホールセール(COST)が挙げられます。これら企業決算の対象は9-11月期となるため、8-10月期決算企業よりも1か月進んだインプリケーションが得られます。特にコストコの年末商戦見通しには注目したいと考えます。

 

(FINTOS!米国株/小野﨑通昭)

ご投資にあたっての注意点