他の産業同様、小売業でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み始めている。小売業は、消費者の様々なニーズに向き合い続けるサービス業とも言える。小売DX は、IT(情報技術)を活用したり、小売における様々なデータを連携させたりすることで、業務効率化を図りつつ、個々の顧客と良好な関係を構築し、持続的な売上の増加を目指す取り組みである。

例えば、実店舗で活用するポイントカードやスマートフォンのアプリに溜まる取引や閲覧データと、EC(電子商取引)での購買データ等を統合し、あらゆる顧客接点をつなげるOMO(オンラインとオフラインの融合)は、買い物をより快適にする小売DXの施策の一例であろう。

また、アパレル業界を中心に、店舗スタッフやブランドのファン(インフルエンサー)がSNS(ソーシャルネットワークサービス)を活用してコーディネート等を提案するサービスも登場している。顧客の身近な存在である店舗スタッフ等の提案は参考にされやすい。提案を元に顧客がECで購買に至った場合は、その貢献を把握し店舗スタッフの評価に反映させることもできる。店舗スタッフのモチベーション向上につながる点も注目される。

食品スーパー等では、店内にカメラを設置し、顧客の回遊状況と購買データを統合して収集、分析する事例が挙げられる。データ分析を基に、顧客にとって買いやすい売場設計や、買わなかった理由の分析にもつなげられる。

ICタグを活用したセルフレジなどの省力化ツールも増えている。その結果、店舗スタッフの作業負担が軽減され、ツールだけでは対応しづらい消費者の個々のニーズに向き合う接客の時間を増やせる。店舗スタッフの役割は、作業に替わってサービスの比重が高くなることが想定される。

ツールやデータを活用し、顧客ごとに質の高い接客を行う店舗スタッフの姿は、「昭和の商店街の魚屋さん」の現代版と言える。かつては魚屋の大将の頭の中にだけあった顧客リストや接客ノウハウをデジタル技術で整理することで、店舗スタッフが生き生きと一歩踏み込んだ顧客別の接客が可能になる。小売DX は、小売業にサービス業としての原点回帰を促すものなのかもしれない。

(野村證券フロンティア・リサーチ部 池内 一)

※野村週報 2023年8月21日号「新産業の潮流」より

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