文/斎藤 健二(金融・Fintechジャーナリスト)

2024年7月初旬、日本株は大きく上昇し、連日のように最高値を更新する相場となりました。7月4日にはTOPIX(東証株価指数)が史上最高値を更新し、7月11日には日経平均株価が終値で42,224円となり、初めて42,000円台を突破しました。ただし、7月12日には反落し、日経平均株価が1,000円超の値下がりになるなど、上下動が激しくなっています。

日経平均株価は2024年2月に34年ぶりの最高値を更新したものの、4月から6月にかけて足踏みしてきました。再び上昇した背景には何があるのでしょうか。野村證券市場戦略リサーチ部長の池田雄之輔が解説します。

2024年に入ってから、日本株の動きはダイナミックでした。年初に日経平均株価は33,000円からスタートし、41,000円まで一気に上がりました。その後は上がった分の半分ほど下げて37,000円台まで下落しましたが、また上昇し、7月11日終値では42,000円を超えるまでに回復しました。

このような急激な上昇を見ると、「高すぎる、今のうちに売却したほうがいいんじゃないか」「株価が高くて今さら投資を始められない」という“高所恐怖症”になる方もいるかもしれません。しかしこれは一過性の強さではなく、日本経済の構造的な変化の反映だと考えています。

日経平均上昇の背景にある3つの要素

日本株の急上昇の背景には、3つの重要な要素があると考えます。1つ目はデフレ脱却、2つ目は脱中国の動き、そして3つ目がコーポレートガバナンスの改革です。

1つ目のデフレ脱却は、日本株が昨年来これだけ強くなってきている最大の理由だと考えています。日本経済は90年代以降、長くデフレに苦しんできました。バブル崩壊後、経済は縮小均衡にあり、企業が値上げに踏み切れない世界を長く経験してきたのです。それが今、30年ぶりにデフレ脱却に向かっています。

2つ目は、グローバルな投資家が中国からお金を逃がそうとしている、「脱中国」とも呼べる出来事です。世界の投資家の間で、中国がデフレに突入するのではないかという警戒感が特に昨年から強まっています。中国がかつての日本のように不動産バブル崩壊を機に、長期停滞に陥るのではないかという不安から、中国株に投資していたお金の逃げ場所として日本が選ばれやすくなっているのです。

3つ目は、コーポレートガバナンスの改革です。2023年3月、東京証券取引所から上場企業に向けて、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応をするようにという要請がありました。これが予想以上に実のある改革につながっています。

この3つの要素が同時に進行していることが、日本株の強さを支えているという見方をしています。

6月にかけてなぜ株価の調整が起きたのか

では、6月にかけてなぜ株価の調整が起きたのでしょうか。

まず、デフレ脱却に関しては、良いニュースがいったん出尽くしたという状況だったと思います。3月中旬に春闘の第1回集計が出て、5%を超える賃上げがされたことがわかりました。さらに、日銀が3月の決定会合でマイナス金利を解除するという歴史的な決定をしました。これらのイベントが、デフレ脱却の象徴的なターニングポイントとなり、ある意味で「良いところは出尽くした」という捉え方をされ、利益確定も進んだと見ています。

次に、中国に関しては、3月から4月にかけて、意外にも中国経済が回復するのではないかという見方が出てきました。春先に経済指標が一時的に上向いたこともあり、中国株が買われる時期がありました。そのため、それまで日本に逃げ込んでいたお金の一部が中国に戻るという動きが見られました。

最後に、コーポレートガバナンスについても、一旦の出尽くし感が出ていました。5月の連休前後に企業の決算発表がありましたが、自社株買いの発表など良いニュースがある一方で、2024年度の業績見通しについては増益を見込まない企業が多く、やや保守的な印象が強まりました。

さらに、日銀の金融政策に関する不透明感も株価の重石となりました。6月14日の金融政策決定会合で、国債買い入れの減額を検討すると発表があり、これも市場に不透明感をもたらしました。

懸念払拭し再上昇始めた日本株

では、ここに来てなぜ日経平均は再び上昇に転じたのでしょうか。実は、先ほど述べた3つの要素自体は変わっていません。それぞれの要素について、市場の見方が再び前向きになったことが大きいと見ています。

まず、デフレ脱却に関しては、日本のインフレの持続性や賃金の強さが改めて認識されました。今回のインフレが始まった当初は、輸入物価の上昇によるコストプッシュ型のインフレだという見方もありましたが、人手不足と相まって賃金上昇が起こり、より持続的なインフレに変化しつつあります。象徴的なのは、輸入物価が22年9月にピークアウトし、今年6月にかけて8.8%低下しているのですが、同じ間に国内企業物価は5.9%上昇しています。このような「ワニ口現象」は日本が今まで経験しなかった姿です。7月1日に公表された日銀短観でも、全規模・全産業の販売価格見通し(1年後)が2.8%と、2四半期連続で上昇し、値上げカルチャーの浸透を示唆しました。アナリストが追っている個別企業の動向を見ても、値下げを再開するところは少なく、インフレの定着が進んでいることが分かってきました。

次に中国については、米国大統領選におけるトランプ元大統領の再選の可能性が再び意識され始めました。日本時間の6月28日に行われたテレビ討論会の「直接対決」でバイデン大統領の健康不安が高まったことが一つの転機になっています。トランプ氏は対中国で厳しい政策を取ることが予想されるため、再び投資マネーの「脱中国」が注目され始めました。加えて、中国経済の弱さも顕在化し、結果として日本市場の相対的な安定性が再評価されることにつながっています。

コーポレートガバナンスについては、企業業績の保守的な見通しは日本企業の特徴であり、それほど悲観する必要はないという見方に落ち着いてきました。むしろ、今年の自社株買い設定額は6月までで9兆円というレベルになっており、2023年までの水準から約5割増という異次元の増加をみせています。これまでと異なり、株価上昇局面でも自社株買いが積極化しているということは、企業がガバナンス改革に真摯に取り組んでいることの表れと言えます。この点は海外の長期投資家からも高く評価されています。

円安は株価を押し上げた 円高の心配は?

為替市場の動向も株価を後押ししました。円安が進行したことで、日本企業全体としては業績にプラスの影響がありました。ただし、以前のように極端な円安依存ではなく、為替に対する耐性が高まっているのも特徴です。例えば、10円の円安で利益が3%程度押し上げられる効果があります。現在の企業の為替前提は143円程度ですが、そこまで円高が進むと想定した上でも、今年度と来年度は8%台の増益が確保できると試算しています。多少の円高には十分耐えられる体質になっています。

野村では、今後為替は米国の緩やかな金利低下とともに円高ドル安傾向に動くと予想しています。24年12月は148円、25年12月は140円という見立てです。逆に、円安がそろそろ天井に近づいているとみる日本側の理由もあります。例えば1ドル170円を超えるような水準まで円安が進むと、インフレ期待が2%を超える可能性が出てきます。そうなると、日銀も追加利上げを急ぐ必要が出てくるため、「日銀が放置してくれる円安」には限界が訪れると見ています。

為替レートが円高方向に進んだとしても、必ずしも株価の下落に直結しないと考えられます。過去、円高は、世界経済の減速が原因であることが通例でしたが、今回予想する円高は、米国のインフレが明確に沈静化することによる、利下げ転換が主因となりそうです。世界景気の基調は崩れないまま緩やかな円高へと移行するシナリオが考えられます。ドルベースで運用している海外投資家にとってはベストの「円高・株高シナリオ」が実現する可能性は高いと見ています。

2026年3月末の日経平均株価予想レンジの上限は48,000円

以上の理由から、現在の42,000円台という水準は、決して違和感のあるものではないと考えています。ただし、今後のリスクについても考慮する必要があります。主なリスク要因としては、米国の大統領選挙や世界経済の減速などが挙げられます。

まず、米国大統領選挙について、一時的に市場が荒れる可能性があります。特に、トランプ氏の政策は減税期待など株式市場にとってプラスの面もありますが、対中政策に関する不透明性が最大の問題です。

世界経済、特に米国経済の動向も重要です。現在のメインシナリオは景気後退(リセッション)に陥らずソフトランディングすることですが、リセッションのリスクも完全には否定できません。特に注意すべきは米国の消費動向です。これまでコロナ禍で蓄積された貯蓄による消費の下支えがありましたが、その効果も徐々に薄れつつあります。米国の消費が予想以上に弱くなれば、日本の輸出企業にも影響が出る可能性があります。

こうしたリスクにも十分注意しながらも、先に挙げた3つの要素に関する前提が大きく崩れない限りは、株価は上下動を繰り返しながら、基調としては上がる方向を見ています。今の状況で、「株価が高すぎる」と過度に恐れる必要はないでしょう。

野村證券では2025年3月末の日経平均株価の予想レンジを36,000円から44,000円とみています。今の株価水準から考えると、このレンジの上限に達する可能性があると見ていいでしょう。2026年3月末の予想レンジの上限は48,000円としています。日本企業の構造的な変化と、それに伴う持続的な成長への期待が、今後の株式市場を支える大きな要因となりそうです。

野村證券 市場戦略リサーチ部長

池田 雄之輔

1995年野村総合研究所入社、2008年に野村證券転籍。一貫してマクロ経済調査を担当し、為替、株式のチーフストラテジストを歴任、2024年より現職。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「モーニングサテライト」に定期的に出演中。

ご投資にあたっての注意点