2024年に行われた米大統領選で、中国からの輸入への追加関税を主張するドナルド・トランプ氏が再選を果たしました。幅広い品目の関税が引き上げられる可能性があり、中国の対米輸出だけでなく、経済にも影響を与えそうです。中国国内で経済や市場を分析する野村東方国際証券の高挺(ガオ・ティン)チーフ・ストラテジストに、追加関税による影響とその対策や、中国経済の見通しなどについて聞きました。
関税の引き上げ対象品目はスマホやパソコンか
――トランプ氏は就任後に対中関税を60%まで引き上げると宣言しています。実際に関税が引き上げられると、中国経済にどのような影響を与えると思いますか。
高挺氏(以下、同)
引き上げはどういったプロセスで、何回に分けて引き上げられるか、さらにどの品目が引き上げ対象になるかなどは現在も不透明です。
次期トランプ政権が関税を引き上げるのは、中国に対してだけではないと考えていますが、中国が最初の引き上げ対象になる可能性は十分あります。我々の見通しでは、基本シナリオとして実施は2025年第2四半期(4-6月)以降に始まって、その後、段階的に行われ2026年末まで続くと予想しています。2026年末に平均で約30%の引き上げになる可能性があります。
――例えば、どういった品目で関税が引き上げられると考えますか。
品目も確定してはいませんが、前回のトランプ政権時も、様々な品目の関税を異なるタイミングで引き上げました。追加税率も品目によって違いました。次期トランプ政権は、前回のトランプ政権時より幅広い品目で、関税を引き上げる可能性が大きいと見ています。
ただ、米国はインフレに苦しんでいます。短期間内に大幅な関税の引き上げによって消費者の負担を増やさないよう、最初は日常的に利用する生活必需品の追加税率を小さくしたり、引き上げるタイミングを遅らせたりするのではないでしょうか。逆に消費者に直接販売されないもの、例えば部品などの中間製品や機械設備などの投資財は引き上げの対象になりやすいでしょう。
さらに、中国以外の他国でも生産していて、グローバル市場で代替品を調達しやすいものも対象になる可能性が高いと考えています。現在、中国の対米輸出品はスマートフォンやパソコン、Wi-Fiルーターなどといったエレクトロニクス関連製品や通信機器が大半となっています。これらの製品に対して高い関税がかけられても驚くべきことではないでしょう。
追加関税で中国のGDP押し下げも
――関税の引き上げが中国の経済にどんな影響を与えると見ていますか。
中国の2024年1-11月の輸出額は、前年同期と比べ5.4%増となり、好調な輸出が経済成長に寄与しました。米国への輸出は中国の輸出全体の15%前後を占めているので、関税引き上げはかなり大きな影響になると考えています。
2025年に本格的な影響が表れ始めるでしょう。私たちの基本シナリオでは、米国の関税引き上げにより、中国の輸出総額は2024年とほぼ同水準になると予想しています。つまり、ゼロ成長です。
1月17日に発表された2024年の中国GDPは、実質で前年比5.0%増でした。2025年の輸出額が前年比で5%の成長を失うと、GDP成長率を0.8-0.9%程度押し下げることになります。このため、他の要因を考慮せず、輸出の減速だけで2025年のGDP成長率は4%程度に押し下げられる可能性があります。
――今後米国が関税を引き上げた場合、中国はどのような対抗措置や対策を取ることが考えられますか。
前回のトランプ政権時と同様に、対抗措置として関税で抵抗していくのではないかと思います。米国の保護主義的な動きに対する抵抗であり、米国も経済的代償を負うことになるという「意思表示」です。
一方で、輸出の成長率がゼロになるので、中国政府は内需を拡大する施策を講じるでしょう。これには大きく2つの分野の施策があると考えています。
1つは個人消費です。これは経済成長の促進に向けた2025年の重点政策の1つに挙げられています。中国は昨年から、消費者に対し補助金を支給し、テレビ、冷蔵庫などの古い家電や自動車などの買い替えを促しました。今年からは、買い替えを促す補助金の対象範囲が拡大し、電子レンジや食器洗い機なども対象になるようです。リーマンショックの後にも同様の補助を行った実績があり、当時は政府の事前予測より大きな効果が表れました。
そしてもう1つは住宅関連です。例えば住宅ローンの頭金比率や住宅ローン金利の引き下げなどはすでに行われており、効果は表れているものの、それを持続的なものとするため、今後の成り行きを注視する必要があります。このような政策の強化・拡充も検討される可能性があります。
また、内需拡大策とは別に、国内企業が関税をある程度回避するため、生産拠点を海外に設置したり、米国以外の海外市場を開拓したりすることを政府が積極的に後押しするのではないでしょうか。
――追加関税によって米中の経済関係が悪化すると、両国以外の経済にも影響を及ぼしますか。
はい。影響を及ぼすと考えています。私たちは、大きく4つの影響を想定しています。
1つ目は中国の輸入減による影響です。中国のGDPが減少すると、海外からの輸入も減る可能性があります。これは、中国向けの輸出が多い日本や韓国、欧州や東南アジアの一部の国の輸出額を押し下げる要因になり得ます。
2つ目は、米国の代替品購入の影響です。対中関税の引き上げで、米国は代替品を他国の企業に求めるようになると考えられます。東南アジアの一部の国、特に対米中関係で中立的な立場をとっているベトナムやカンボジア、さらにはインドの対米輸出額は増える可能性があります。日本や韓国の輸出額の押し上げにもつながるかもしれません。
3つ目は、中国企業の戦略見直しの影響です。中国企業は対米輸出の関税が上がると、米国以外の国への販売強化を検討するでしょう。その際中国企業は、南米や東南アジアの他の重要な貿易パートナーの開拓により一層力を入れるのではないでしょうか。
そして4つ目は生産拠点の海外移転の影響です。対米輸出の関税引き上げの影響を避けようと、すでに一部の中国企業は生産拠点を海外に移す動きを見せています。もちろん、工場を作れば労働者の雇用や、不動産や設備への投資が必要になりますので、移転対象となる国にとってはプラスになるでしょう。
中国株の乱高下、その要因は
――2024年は中国株が乱高下しました。何が要因だと見ていますか。
2024年1-9月、中国の不動産不況や消費低迷が投資家の経済への懸念を高めて、株価は弱含んでいました。実際にPPI(生産者物価指数)はマイナス成長が続き、非金融の上場企業の利益も減少しました。
9月24日に、中国人民銀行(中央銀行)と金融規制当局の共同記者会見があり、その内容は我々の予想を超えました。会見で金融政策や不動産支援策など多岐にわたる取り組みが発表されましたが、それ以上に、人民銀行が経済の先行きを強く案じて、踏み込んだ対策を行おうとしている姿勢が見て取れたのが印象的でした。それが、株価が大きく上昇させる要因となりました。
しかし、このような政策が発表されても、すぐに経済が好調になるわけではありません。実際に企業の収益改善や内需の拡大につながるのかを見極めるにはそれなりに時間を要するため、投資家も慎重姿勢に転じました。さらに、11月の米大統領選では中国に対して強硬姿勢をとるトランプ氏が再選したことで投資家心理を冷やし、株価の乱高下につながりました。今後の財政政策のスタンスと内容が明らかになるのは、3月の全人代(全国人民代表大会)の予算案公表の後とみられます。それまでは、人民銀行の政策の効果や今後の政策動向を注視する必要があり、米国の通商政策の行方や影響も不透明なため、株価はボックス圏での推移が続くと見ています。
――では、中国経済の先行きについてどう考えていますか。
先ほどお話ししたように、人民銀行の政策スタンスが大きく変化しました。金融政策の基調が「穏健」から「適度に緩和」へと転換したのです。これは実に14年ぶりです。人民銀行の政策によって、政府が取り得る経済対策の選択肢も増えると考えています。
不動産市場も、不動産開発大手「恒大集団」の経営危機が明るみになって以降は不調が続いていましたが、人民銀行の会見以降、不動産販売はプラス成長に転じました。PMI(購買担当者景気指数)も3か月連続で50を超え、景気も拡大しています。政府の具体的な政策は3月の全人代で発表されますが、それ以降は景気回復がより鮮明になると考えています。
一方、中国はGDPに占める消費の割合が米国や日本と比べると依然、低水準にあります。国民の教育や医療、老後に対する不安も強く、お金があっても貯蓄に回してしまう人が多いためです。こういった状況を打開し、再び成長軌道に乗せるため、政府はお金に対する不安の強い低所得者に対する補助金を手厚くしたり、社会保障政策を充実させたりする可能性があります。
野村東方国際証券 チーフ・ストラテジスト
高挺(ガオ・ティン)
米ミズーリ州立大学助教授を経て、中国国際金融股份有限公司(CICC)でエコノミスト及びA株チーフ・ストラテジストを歴任。2010年にUBSアセットマネジメントに入社し、リサーチ部門ヘッド兼中国投資チーフ・ストラテジスト、UBSグループの香港アセットマネジメント・アジア太平洋地域のマクロ経済ヘッド、UBS証券リサーチ部門中国戦略ヘッドを務めた後、2019年8月より現職。主に中国市場のアセットアロケーション戦略、市場展望、A株市場戦略などのリサーチを担当。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。