筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「植物工場」の国内外の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

 植物工場は、一般的には施設園芸で自然光を用いる「太陽光利用型」と建物などの密閉空間で発光ダイオード(LED)などの人工光を用いる「人工光型」の2種類がある。ここでは「人工光型」のみを植物工場と位置付ける。

黎明期は2000年代、10年代中頃から普及期へ

 植物工場は1980年代から日本で研究開発が進められ、開発期間は40年程度となる。筆者はこの間を成長ステージで三つの世代に分けているが、80~90年代の第一世代を経て、認知度が本格的に高まり始めたのは第二世代の2000年代である。05年以降、多くのスタートアップが立ち上がり、21世紀型の農業システムとして脚光を浴び、ベンチャーキャピタルや大企業による投資が相次いだ。しかし、この時期のスタートアップの大半は、技術とビジネスモデル開発の壁を乗り越えることができず、今でも活躍している企業はごくわずかにとどまる。

 植物工場が普及期に入ったのは第三世代の10年代中頃である。代表的な企業は、スプレッド(京都)やレスターホールディングス(東京)、ファームシップ(東京)、木田屋商店(千葉)などである。スプレッドは第二世代から成長を遂げている数少ない企業であるが、その他の企業は15年前後に植物工場ビジネスを開始している。この世代は圧倒的な「大型化」を特徴とする。

 一昔前は1日あたり生産量がレタス換算で5,000株を超えると大型植物工場といわれてきたが、今では2万~3万株が一般的になり、5万株や10万株といった超大型植物工場を建設するプロジェクトも始まろうとしている。また、大型化とともに、技術改良とコストダウンが進められ、長らく課題といわれていたコストを大幅に下げ、大量に安定供給できる環境が整い始めた。他産業から参入する企業が相次ぐなど、この頃から市場は普及期を迎えている。

(株)木田屋商店が運営する植物工場

過熱する米国市場

 海外では15年ころから植物工場スタートアップが次々に立ち上がり、20年6月末時点で、世界の参入企業は100社を超えたと推定する。最も市場が過熱しているのが米国である。代表的なスタートアップとして、17年にソフトバンク・ビジョン・ファンドやアマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)などから約2億ドルの資金調達に成功したプレンティ(サンフランシスコ)をはじめ、18年にグーグルなどから約1億ドルを調達したバウリー・ファーミング(ニューヨーク)、19年にIKEAグループやゴールマン・サックスなどから1億ドルを調達したエアロ・ファームス(ニュージャージー)などがある。

 欧州では食品スーパーや外食レストラン内に設置するインストア型植物工場で圧倒的な世界シェアを誇るインファーム(ドイツ・ベルリン)や都心の地下空間で多種多様な野菜を栽培するグローイング・アンダーグランド(英国・ロンドン)、イスラエルでは世界初の家庭向けのフルオートメーション型植物工場を開発したシード・コープ(ヨクネアム)、中国では世界に先駆けて19年9月に産業向けのフルオートメーション型植物工場の試運転を行ったサンアンバイオ(厦門)などが著名である。

 これらの企業は04年設立のエアロ・ファームスを除き、いずれも10年以降に設立されたスタートアップである。各社のビジネスモデルはそれぞれ異なるが、共通の特徴は、創業期から人工知能(AI)やIoTセンサーなどのデジタル・ロボティクス技術を用いた工場運営のリモート化やオートメーション化を志向している点である。資金調達の金額は日本とは一桁違うため、「投資が過熱気味」という声も聞かれる。その一方、海外企業が生産・製造する商品や収益モデルが日本とは異なるため、単純な比較も難しい。

品目拡大とデジタル化、クロスボーダー化が市場けん引

 植物工場の2019年の国内市場規模(野菜の工場出荷高ベース)を約150億円と推計しているが、今後市場は順調に伸び、25年に約540億円、30年には約835億円に広がるものと予測している。

 市場をけん引する要因は主に三つある。一つ目は植物工場産野菜のシェアと生産品目の拡大である。現在、国内で生産されている品目のほぼ大多数がレタス類である。レタスの国内市場規模は年によって異なるが、平均すると1100億円程度と想定され、植物工場産が占めるシェアは約14%と推算できる。今後、国内農家数の減少とコストダウンが寄与し、20年代半ばには最大で4割程度までシェアが高まるものと予想している。レタス類の次に市場の広がりが見込める品目は、海外企業が主力とするホウレンソウやハーブ類であろう。国内でも23年ごろから商品出荷の普及期を迎えるものと予想する。

 二つ目は、デジタル化の推進である。苗の定植から生育・収穫・包装までの工場のフルオートメーション化が実装するのは20年代後半と予測するが、生育・収穫の各工程の一部の自動化や日々の生育状況をリアルタイムに遠隔監視・管理するセミオートメーション化は既に国内でも実証が始まっている。また、デジタル化はバイオ分野の技術開発を促進する。ビッグデータやAIを用いた交配育種の開発スピードが加速する他、やゲノム編集などの新しい育種技術により、植物工場に適したイチゴやトマトなどの果菜類の新品種が社会実装を迎えるだろう。同時に、コストダウンが課題で製品化に至っていない植物工場産の動物用ワクチン開発への期待も高まる。果菜類の新品種発売は25年ごろ、動物用ワクチンの製品は27年ごろと予測する。

 三つ目は、植物工場ビジネスのクロスボーダー化である。日本のプレーヤーの海外展開の事例は増えはじめているが、今後、海外プレーヤーの日本進出も増加が見込まれる。例えば、今年3月、欧州最大の植物工場スタートアップのインファームは、JR東日本グループと連携して日本での展開を発表している。海外のスタートアップの日本進出は、技術やビジネスモデルの多様化を通じて、国内市場の裾野の拡大に寄与するものと考えられる。

 植物工場の発祥は日本であり、世界を先導してきた。一方、欧米や中国の主要プレーヤーは、膨大な資金調達を背景にデジタル投資や優秀な人材獲得を加速させ、植物工場が持つ潜在価値や能力の顕在化に努めている。国内外で普及期を迎えた業界から目が離せない。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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