エネルギー・気候変動対策に重点

 2022年8月16日にバイデン米大統領が署名し、インフレ抑制法が成立しました。対策費にあたる歳出増の額は、今後10年間で4,370億ドルと推計されています。このうち、エネルギー安全保障と気候変動対策は3,690億ドルで、歳出増の84%を占める中心となる対策です。バイデン大統領は2050年温室効果ガス排出ネットゼロを米国が達成できるようにするものだとコメントしました。歳出増の規模は、インフレ抑制法の前身であるビルド・バック・ベター法案や、米国雇用計画と米国家族計画の合計からは縮小していますが、これはインフレに対する懸念が高まる中、大きな要因であるエネルギー問題に的を絞った対応といえます。

 歳入増は、7370億ドルと推計されています。これまで課税を逃れていたグローバルに事業展開する大企業に対し、最低15%の実効税率を課すことや、高齢者向けの医療保険制度であるメディケアでの薬価引き下げによる社会保障費削減などが盛り込まれています。

 歳入増から歳出増を引いた3,000億ドルが財政赤字削減額です。

(注)2022年8月11日付の米民主党発表資料からの引用で、元の推計は米国議会予算局と米国両議院税制委員会による。
(出所)米民主党資料より野村證券投資情報部作成

税優遇のうち再エネは74%

 エネルギー安全保障と気候変動対策での3,690億ドルの歳出増のうち、2031年までの税優遇は2,707億ドルです。下図の網掛け部分の、太陽光・風力等の再生可能エネルギー(以下、再エネ)による発電、バッテリーストレージ向け設備投資と、それら設備の製造に対する税控除を合わせると、2,707億ドルの約74%で、対策の中心であることが分かります。

 2023年から2026年までの金額と、2027年から2031年までの金額を比べると、年数が4年と5年で異なるものの、後になる方が増えていることも注目されます。長期的に税控除の利用が増えても行政が支援を継続することを示すことで、再生可能エネルギー設備の製造能力を高めた後に需要が減少するリスクを軽減する効果があると推察されます。

(注)ITCはInvestment Tax Credit、PTCはProduction Tax Credit、CCUSはCarbon dioxide Capture, Utilization and Storageの略。
(出所) 2022年8月9日付米国両議院税制委員会資料より野村證券投資情報部作成

住宅向け投資税額控除を延長

 住宅向けでは、再エネ設備の購入に対する投資税額控除が控除率30%に引き上げられたうえで2032年まで延長され、バッテリーストレージが新たに対象に加わりました。従来は2024年に廃止される予定でした。

 実際に見込まれる設備投資の総額は、購入者が70%を負担することで、前頁の表の住宅向けの345億ドルの3.33倍(100%/30%)の約1,150億ドル規模になります。納税者の負担は減り、購入者は設備を安く買えます。このように、投資税額控除には財政上の乗数効果と、設備を安く買えることによる投資の需要喚起の効果があります。

(注)納税額が控除額を超えていることやバッテリーストレージの容量下限が3キロワットアワーであることなど、適用要件があります。
(出所)米国議会資料、各種報道より野村證券投資情報部作成

節税資金の呼び込み 

 企業向けについても今後10年で654億ドルの投資税額控除利用が推計されています。控除は再エネプロジェクトに対して行われます。このため、タックスエクイティ(節税投資)という下図のようなスキームが用いられ、投資家が再エネ発電プロジェクトに出資し所有者となることで税控除を受けることが可能です。投資家は、プロジェクトから得られた電力料や生産税額控除などで資金を回収します。投資家が再エネ電力購入者となる場合もあります。

 また、インフレ抑制法により、出資よりも手続きが簡単で少額から利用できる、税控除を購入する形式も許可されました。

(出所)野村證券投資情報部作成

恩恵を受けるセクター 

 米国のインフレ抑制法制定は、EUがロシア産燃料からの移行計画である「リパワーEU」で2025年までに太陽光発電を現在の2倍にすることを決めたことや、ダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で、経済界として長期的な需要を確約することなどによりクリーンエネルギー業界への融資や資本投資のリスクを軽減することを共有したこととも整合的です。日本では東京都が新築住宅への太陽光発電設置義務化を検討しています。

 個人や、サプライチェーンを含めた事業のネットゼロを目指す企業(金融機関やテクノロジー企業で実績)の税優遇の利用により、住宅向けの太陽光発電やバッテリーシステムを製造、販売している業界や、公益企業の再エネ開発部門などには長期的な需要が見込めそうです。

(注)全てを網羅しているわけではない。
(出所)各種資料より野村證券投資情報部作成

(投資情報部 竹綱 宏行)

【FINTOS!編集部発行】野村オリジナル記事配信スケジュールはこちら

業種分類、Nomura21 Globalについて

ご投資にあたっての注意点