発生原因の違う2種類のインフレ

長く続いたデフレからインフレに変化した日本

 物価は個人や企業が、消費や投資を行うかどうかの判断基準となるため、経済において重要な指標の一つです。日銀は2013年1月に「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、その実現を目指して金融政策を運営しています。各国の中央銀行もインフレ率を金融政策の枠組みに入れ、その動向を注視しています。長らくデフレが続いた日本ですが、足元で消費者物価指数の上昇が続いています。しかし、インフレを歓迎する声はあまり聞こえてきません。その理由を知るためには、インフレの発生原因を考える必要があります。

経済成長につながると期待されるインフレ

 一般的に、景気の拡大によって人々の購買意欲が高まると、需要(ディマンド)の増加により物価が上昇します。このように、需要サイドに起因する物価上昇をディマンドプル・インフレと言います。高くても欲しいという需要が増えれば、企業など生産者は価格を上げることができ、売上と利益の拡大が期待できます(下図・左側)。それにより、生産の増加や新たな設備投資など企業活動が活発化し、従業員の賃金上昇も期待されます。賃金上昇が広がれば、さらに消費が拡大するという好循環が生まれます。こうした好循環が生まれれば、経済成長が期待されるため、一般的に、ディマンドプル型のインフレは経済にとって好ましい、と考えられています。

もう一つのインフレ

 一方、供給サイドである企業など生産者のコスト(原材料価格や賃金など)が上昇した場合に起こるのが、コストプッシュ・インフレです。原油などの原材料価格が上昇した場合や、人手不足によって賃金が高騰した場合など、コストの上昇分を製品やサービスの価格に転嫁することで物価が上昇します(下図・右側)。急激にコストが上昇した場合には、価格転嫁が追い付かなかったり値上げで需要が減ったりして、企業の利益を圧迫する懸念があります。

好ましいインフレとは

 短期間に急激なインフレが起きると、予算に制限のある人々は生活必需品に絞って買物をしようと、生活防衛に走るため、裁量的品目の消費意欲の減退につながってしまいます。景気拡大には物価の上昇に見合った賃金の上昇も不可欠です。ディマンドプル型の適度に安定したインフレが経済成長にとって好ましい状態と言えます。

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コストプッシュ・インフレに直面している

 現在日本が直面しているインフレの発生要因が、需要サイドと供給サイドのどちらにあるのかを見てみます。経済全体の需要と潜在的な供給力の差である需給ギャップとインフレ率の推移を見てみると、需給ギャップは改善はしているもののゼロ近辺にあります。一方、原油価格は急激に上昇した後、高止まりしています(下図)。日本が直面しているインフレは、コストプッシュ型であることがわかります。  

ウクライナ紛争を契機として、原油などのエネルギー資源価格が大きく上昇しました。また、新型コロナウイルスの感染拡大による物流の混乱や、労働力不足に加え、ロシアやウクライナが小麦やとうもろこしなどの主要な輸出国であることから、食料価格も大きく上昇しています。ガソリンや食品など生活必需品の物価上昇により、耐久財消費財などの裁量的な消費に対する影響が懸念されます。

輸入に頼る日本とインフレ

 足元で、日本の貿易収支は赤字傾向にあり、石油や天然ガス、石炭などの国際的な資源価格の上昇により、その幅が拡大しています(下図)。貿易収支の悪化は、円安要因の一つです。

 日本の食料需給率は37%(2018年、カロリーベース)、石油需給率は0.2%、天然ガスは2.1%と低く、他の先進国に比べても低い水準にあります。そのため、国際的な資源や食料価格の上昇は日本の物価上昇に大きな影響を与えます。一方、国際的な資源価格が上昇していなくても円安が進むと、円ベースの輸入価格が上昇します。原材料の多くを輸入に頼る日本は、国際的な資源価格の上昇と円安が物価上昇の要因になりやすいと言えます。

 岸田政権はコストプッシュ・インフレの加速による経済悪化を抑えるため、ガソリンや小麦などの生活必需品の価格上昇を抑制する施策を行っています。今後は秋以降に国会で、成長戦略となり得る「新しい資本主義」を盛り込んだ経済対策が審議されるとみられます。需要を喚起し、好ましいインフレにつなげられるか、注目です。

(投資情報部 岩崎 裕美)

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