※画像はイメージです。

ロシアのウクライナ軍事進攻から3年半

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻から約3年半が経過しました。トランプ大統領は当初、和平交渉の仲介役として、大統領就任直後の早期終結に自信を示していました。しかし、2025年2月にはウクライナのゼレンスキー大統領との口論が報じられたうえ、和平交渉が思うように進まない苛立ちなどから、トランプ大統領は停戦外交から手を引く可能性すら度々言及しています。その後、一時はウクライナ問題への関心を失ったようにみられたトランプ大統領ですが、足元では再び交渉継続への意欲を強めており、8月15日にロシアのプーチン大統領と、18日にはゼレンスキー大統領との首脳会談を実施しています。しかし、全面停戦は未だ実現しておらず、先行き不透明感が漂う状況にあるといえます。

ウクライナ復興の財政負担は限定的

紛争の長期化に伴い、復興に必要な費用は増加の一途を辿っています。世界銀行は2025年2月に、10年間で5,236億米ドル(1ユーロ=1.16米ドル換算で4,514億ユーロ、1米ドル=147.50円換算で77.2兆円)の費用が必要になるとの試算を公表しています。欧州株式市場では復興需要が欧州景気や企業業績を押し上げるとの思惑を織り込む動きも一部で見受けられます。もっとも、復興費用はEU27ヶ国の名目GDP比で1年当たり0.2%程度に留まると試算されることから、ウクライナ紛争の完全終結が実現した場合でも影響は限定的となる公算が大きいとみられます。

ウクライナ復興費用

(注)復興費用は世界銀行による試算(2025年2月時点)。1ユーロ=1.16米ドルでユーロ建てに換算。名目GDPはIMFによるEUの2026~2030年の名目GDP見通しの平均値。灰色の州は東部。
(出所)世界銀行、IMF、野村證券市場戦略リサーチ部より野村證券投資情報部作成

停戦実現でエネルギー価格は下落へ

一方で、ウクライナ停戦が実現した場合、欧州企業の業績を圧迫し続けた原材料および電力価格の高騰が緩和される可能性があります。2022年2月のウクライナ紛争勃発以降、欧米諸国はロシアに対する経済制裁の一環として、ロシア産エネルギーを締め出してきました。EU理事会(閣僚理事会)はロシア産の石炭や原油(パイプライン経由を除く)の輸入禁止措置を採択しており、2022年以降、EUのロシアに対する貿易赤字は大幅に縮小しています。さらに、ロシア産ガスの輸入も2027年末までに禁止する計画を公表しており、すでにロシアからEUへの天然ガス輸送ルートのうち、ロシア・ドイツ間を直接結ぶ「ノルドストリーム」が2022年9月以降使用不能となっています。また、ベラルーシ・ポーランドを経由する「ヤマルヨーロッパ」は2022年5月に、ウクライナ経由のパイプラインも2024年12月末で停止となり、エネルギーの脱ロシア化が進んでいます。

EUの対ロシア貿易収支

(注)データは月次、直近値は2025年6月。
(出所)欧州統計局より野村證券投資情報部作成

原油価格(北海ブレント先物価格)は2022年2月末に2014年6月以来となる1バレル/100米ドルを超え、天然ガスの先物価格(欧州での指標価格であるオランダTTF)は2022年8月下旬までに、ロシアのウクライナ侵攻前と比較して約2.9倍まで急騰しました。当時の混乱はすでに落ち着き、原油価格および天然ガス価格は下落傾向が続いていますが、コロナ禍以前の水準を依然として上回っており、ウクライナ紛争終結でロシアによる天然ガスの供給停止が解消となれば、価格下落余地が広がる可能性があると考えられます。

欧州天然ガス価格と原油価格

(注)単位のMWh(メガワット時)は、1時間当たり100万ワットのエネルギー量。原油は北海ブレント先物価格、欧州天然ガスはオランダのTTF(The Title Transfer Facility)で、オランダのパイプライン網を仮想集積地とした市場価格指標。データは日次で、直近値は2025年9月1日時点。見やすさを優先して縦軸を制限している。
(出所)ブルームバーグより野村證券投資情報部作成

ドイツ経済の復活は近い?

ロシアへのエネルギー依存の高い欧州諸国ではエネルギー価格の高騰により、深刻なインフレが生じました。紛争前は前年比+1.0%前後での推移が続いたユーロ圏のコア消費者物価(HICP)は、2023年3月には同+5.7%まで上昇し、製造業大国ドイツでは電気料金の高騰が国際競争力の低下につながったことが、輸出減と製造業の不振を招く大きな要因となりました。2025年8月の失業者数が10年ぶりに300万人の大台に乗せるなど、雇用市場の悪化が個人消費の重石となる中、消費者信頼感も低迷しています。ドイツの2023年の実質GDP成長率は-0.7%、2024年は-0.5%と、ドイツ経済は景気後退に陥っています。

ドイツ経済が浮上できるのか関心が集まりますが、折しもドイツ政府は2025年に入り、財政拡大への歴史的転換を進めています。加えて、仮に停戦が実現し、ロシアへの経済制裁が解除されることになれば、商品市況の下落によりディスインフレ(インフレの鎮静化)圧力が高まり、家計の購買力増加や企業収益の改善につながることが期待されます。

EUとドイツの電気料金

(注)データは半期毎で、直近値は2024年下半期。非家庭用消費者を対象としたデータ(500MWhから1999MWh)。付加価値税(VAT)およびその他控除対象の税金を除いた電気料金。
(出所)欧州統計局より野村證券投資情報部作成

野村證券投資情報部 ストラテジスト
引網 喬子

2023年10月より投資情報部に在籍。米国株の調査業務を経験後、各国経済・為替に関する投資情報の発信を担当。個人投資家を対象に、わかりやすい情報提供を心掛ける。

ご投資にあたっての注意点