執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネス・コンサルティング部
シニア・アソシエイト 津田 瞳美(2025年9月24日)
はじめに
インターネットの普及は、人々の生活や商取引活動を大きく変化させ、現在ではなくてはならないインフラとなっている。今回は国内の農食分野における電子商取引(以下、「EC」と記載)に焦点を当てる。
インターネット上で商品やサービスを取引するEC市場は急速に拡大している。動画やゲームなどデジタルコンテンツの提供、宿泊予約、オンライン学習といったサービスの提供、そして商品の売買など、あらゆる分野でECは伸長している。産業やセクター、業種などの各分野におけるECの普及度合は、「EC化率」という指標で測ることができる。自社ECの分析にもEC化率が活用されるなど、EC市場における重要指標の1つとなっている。多くの分野でEC化率が高まる一方、農食分野のEC化率は相対的に低い。
本稿では、農食分野でEC化率が低い要因を探るとともに、先進事例を通して、当分野におけるECビジネスの成功要因を分析する。
1. 国内EC市場の現状と農食分野におけるECビジネスの課題
現在、我が国のEC市場はAmazonや楽天市場を筆頭に、様々なプラットフォームやオンラインショップが軒を連ねている。国内における物販系分野のBtoC-EC市場規模は2023年に14兆6,769億円に達し、EC化率は9.4%である[1]。EC化率の高い分野は書籍、映像・音楽ソフトで53.5%、次いで生活家電、AV機器、PC・周辺機器が42.9%である。それに対して農食分野のEC化率は4.3%に留まり、BtoC-EC市場規模は2兆9,299億円である。その中では、ミネラルウォーター、お茶、炭酸水など重量がある飲料や、ストックできる冷凍牛丼の具などの売上が上位に位置している[2]。
全体平均と比較しても農食分野のEC化率は著しく低い。その要因として、農食分野のEコマース参入には、例えば、利便性や鮮度などの「顧客提供価値」、生産や梱包、保管・配送、賞味期限などの「コスト・管理」の観点からみても、他分野にはない課題が存在している(図表1)。
図表1 農食分野のECビジネスにおける主な課題

上記に加えてプラットフォーム利用の場合は、手数料を踏まえた価格設定が必要となる。それぞれの段階で課題を乗り越えて、再生産可能な利益を出すためには一定の利幅が必要である。さらに、認知度向上やスーパーマーケットなどで取扱う商品と差別化をするためには、EC上でのプロモーションは必須であり、そのコストを考えた時、高付加価値化(高付加価値商品の開発)の視点が不可欠となる。
その際、農食分野のECが抱える各課題の解消に資する商品の開発・選定を前提とし、これまでとは異なる視点で消費者へ訴求する高付加価値商品の開発が求められよう。
2. 高付加価値食品のEC成功事例と戦略
消費者へ訴求する高付加価値商品の開発の要諦は何か。様々な考えがあるが、議論の余地がないポイントの一つはブランド化(ブランド開発)であろう。筆者が考えるブランド化の基本要素は次の4つである。製品開発や製造者の想い、ストーリー(背景)を伝えることにより、その製品は消費者にとって価値のある体験へと変化する。
① 使用している原材料や生産者、製造者が開発にたどり着くまでのストーリー
② 製造工程のストーリー
③ ①②を反映したこだわりの製品が消費者に届くまでのストーリー
④ ①②③のストーリーを明確に消費者へ訴求できる商品の写真や説明
現在、食に関するオンライン市場では、比較的高価格帯の商品やブランドが目立つ。いずれも上記①~④をクリアしているブランドが多い印象である。ここでしか取れない原料やストーリーを含めて特徴のある原産地、その原料が保有する機能やサービス、古来より伝わる製造工程など、生産者や製造者のこだわりなどの特徴的なストーリー(メッセージ)がたっぷりと詰まった商品などだ。それらに加え、少し贅沢をしたい日の“ご褒美”、時間を短縮できる“手間の減少”、十分な“栄養の摂取”など、生活の質の向上に資する付加価値の高い商品が多く見受けられる。
また、食品は、手に取って鮮度や品質を直接確認したいという消費者も多く、特に生鮮食品はその傾向が顕著である。生鮮食品にはどうしても旬、産地のブランドや製造方法の特徴などが強く影響する。そのため、筆者は、上記のようにブランドストーリーを明確に設定した付加価値のある製品を唯一無二で提供することを強く推奨する。食品小売店で手に取る商品の背景にあるこだわりや魅力を伝えることができるのはEコマースの最大のメリットでもある。
食品EC分野で、このような高付加価値な商品を取り扱う主な事業者を図表2にまとめた。それぞれが明確なコンセプトを持ち、原料や世界観など他にない商品を開発し、高付加価値な商品として販売されている。例えば、ミツカンの「ZENB」であれば、「開発のためにあらゆる植物を試した結果、『黄えんどう豆』に辿り着いた」というストーリーの記載がある。これには、健康志向で主食を控える人が増える中、ごはんや麺を我慢せず美味しく食べ続けることで健康になれる主食を作りたいという開発者の想いがある[3]。
図表2 食品EC分野で高付加価値な商品を取り扱う主な事業者

その他、特徴的な商品としては、原料にヒュウガトウキ(日本山ニンジン)を使った製品などもある。いずれの商品もブランドの世界観、ストーリーが確立しており、コンセプトが明確である。そして各商品に共通する戦略は、他にない唯一無二のブランドとして尖った商品開発、ブランディングの実践であろう。
このような商品開発やブランディングの実践に向けて、商品開発の段階で、ターゲットとなりうるセグメントの消費者にヒアリングしながら改良を行うことが望ましい。その段階で、響く訴求ポイントも明確になるとなおよい。Eコマース展開時には、自社ECであればMETA広告やLINE広告、TikTokなど対象に合わせたプロモーションの場で検証を重ねる。プラットフォームでは、その中での動画広告やキーワード広告の運用に注力する。プロモーションにおいては、訴求に合わせた写真や動画、キャッチコピーなど、様々な仮説を立てた上で、まずは反応のよい広告を探り検証を進め、マーケティングの精度を高める。高い反応率のプロモーションが確定した後も、継続すれば反応は落ちてくるため、定期的に見せ方、伝え方を変えていく必要がある。
3. 農食分野のEC参入を後押しするサービスと今後の有望市場
商品開発後は、新規顧客を獲得し、優良顧客からロイヤルカスタマーへと「育成」する仕組みづくりが必要となる。そのためのプロモーションや世界観づくりに最適なのは自社ECサイトである。自社ECサイト構築のサービスとしての筆頭は、世界シェアNo.1のShopifyである。ノーコードで本格的なネットショップを開設・運用できる。 他にも国内サービスであれば、BASE、STORESなどがある。EC市場は動きが速いため、各タイミングで、よりよいサービスを選択するのがよい。
自社ECサイトである程度の認知を獲得した後に、Amazonや楽天市場などの大手プラットフォームでの販売や、ギフトになりうる商品であればLINEギフトなどへの応用も可能だ。ギフト全体の国内市場規模は2024年に11兆円に及び、そのなかでもソーシャルギフトの認知と市場の拡大が見込まれる。2023年にLINEギフトで贈られた贈答品ランキングでは、女性向け、男性向けともに、上位をスイーツやグルメが占める。
また、現在、筆者が最も注目している市場は、メタバース市場である。メタバースとは、インターネット上に構築された3次元の仮想空間のことで、利用者は自身に代わるアバターを操作し、他者との交流やメタバース上で商品を購入するなど、現実世界と連動した経済活動も可能となる。さらにBtoBでの仮想的なワークスペースとしても活用が期待されている。総務省「令和7年版 情報通信白書」によると、世界のメタバース市場は2024年の744億ドルからCAGR(年平均成長率)37.7%で伸長し、2030年には5,078億ドルまで拡大すると予測されている。その内訳はメタバース内でのEC分野が最も大きい。次いでゲーム、ヘルス&フィットネス分野となる。日本でも2024年に2,750億円(前年度比47.6%増)、2028年には2兆程度までの急速な拡大が見込まれている。
おわりに
コロナ禍による後押しもあり加速したEC市場の拡大は、コロナ禍の収束により2024年はいったんリアル回帰が起こったものの、2025年は再び拡大傾向にある。農食分野のECビジネスへの参入や売上高の拡大には様々なハードルがあるが、農食分野の商品は継続購入割合も高く、解決を見越した商品やブランド開発で乗り越えられる可能性は十分にある。また、その先には国内だけでなく海外、ソーシャルギフト市場、メタバース市場など、今後大きく拡大しうる市場が拡がっている。
それらの市場開拓を見据えた中長期のビジョンを持ちながらも、足元の農食分野のECが抱える課題解決は必須となる。顧客の需要や市場の変化を捉えながら、商品やブランドそのものの改良や検証、再構築など、日々の地道な活動を積み重ねていくことが肝要となる。
[1] 経済産業省「令和5年度 電子商取引に関する市場調査」
[2] 株式会社Nint 「2024年のECトレンド振り返り&2025年の売れる商品予測【食品・ファッション・コスメ】」(2025年1月16日公開)https://www.nint.jp/blog/2024-2025trend/
[3] 株式会社ミツカンHP「ZENBについて」https://zenb.jp/pages/about
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