目標設定ラッシュの2021年

 2021年は、国や企業、情報開示など様々な側面でESG(環境・社会・ガバナンス)関連の目標設定が相次いだ。

 各国は11月の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に向け温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル(CN)、もしくはGHG削減目標積み増しを宣言した。GHG 排出量世界1位の中国(60年CN目標、以下同)、2位米国(50年)に続きCOP26前には3位ロシア(60年)、会期中に4位インド(70年)が宣言、5位日本(50年)以下も含め世界のGHGの大半を排出する国々がCN目標を設定した。またEU や日本は年前半に削減目標を積み増している。

 その結果、各国が目標を達成した場合、今世紀末の世界の平均気温上昇が産業革命前から1.8℃に止まると試算され、これまで努力目標だった1.5℃を目標として対応を強化することがCOP26で合意された。

 各企業の脱炭素目標設定も広がり、石油、電力や素材系業種といったGHG 排出量の多い会社からもCN宣言が相次いだ。

 それに伴って洋上風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギー(再エネ)関連事業を手掛ける企業や自動車の電動化の取り組みなどが株式市場で注目された。

 脱炭素の取り組みを金融面から後押しする金融機関からも、それぞれの投融資先企業のCNを後押しし、投融資全体で見たCNを目指すという宣言が相次いだ。

 GHG排出量やその削減計画を企業がどのように情報開示すれば良いか、という点についても国際的議論は収斂方向に向かっている。COP26に合わせてISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が設立され、22年6月の開示基準決定を目指して議論が行われている。気候変動の影響についてはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の指針が基準となる方向である。

 加えて、日本ではコーポレートガバナンス(CG)・コードが3年ぶりに改訂され、22年の東証市場再編に伴ってプライム市場に上場する企業には、TCFD指針に沿った情報開示の義務化とともに取締役の3分の1以上を社外取締役とするなどの要件が定められた。全体的に「何(What)をするか」が設定された年だったといえよう。

ESG は企業の成長につながるか

 何をするかは決まったとして、今後はどのように(How)達成していくのかに注目する必要がある。

 国の政策については、金額や制度設計などが現状で十分なのかの議論が必要である。特に再エネ関連政策との関連で30年のエネルギー基本計画(電源構成)には議論の余地がある。加えて、企業にとって脱炭素がどの程度の財務負担になるかを判断し、様々な意思決定を行うために炭素税など「炭素価格」の議論も避けられない。

 海外に目を転じると、21年後半には急速な脱炭素化の織り込みを一因としてエネルギー価格が上昇、低所得層の負担増による格差拡大懸念が強まった。これが米中間選挙や仏大統領選挙など政治的に影響する可能性にも目配りしておきたい。

 一方、企業が脱炭素を進め、自社排出分だけでなく提供する製品などに関連する、原材料から廃棄までのGHG 削減に責任を負うべきだ、という議論も強まっている。その場合、企業はバリューチェーンに関連するすべての取引先企業のGHGを把握し、削減努力を行う必要がある。加えて、企業の社会的責任の観点から原材料調達や輸送の過程で人権侵害が起きていないかを確認し、対応することが求められる。

 このように整理すると、気候変動の影響開示も含めて、ESG対応は特に短期的には企業のコスト上昇要因とも考えられる。

 これに対して、省エネに貢献する新商品開発や、測定したGHGをシステムと連動して管理するサービスで、脱炭素を新たな事業機会とするシステム企業やエレクトロニクス企業などの動きも強まっている。

 また衣料品や食品で、環境への悪影響を避け人権侵害のない形で原材料調達や製造ができるのであれば、それ自体が付加価値となることも考えられる。加えて、データセンターでの大量の電力消費に伴うGHGを削減するため、通常の省エネや再エネへの置き換えに加え、電力消費量が100分の1となる素子の開発を行う通信企業もある。こうした先を見た動きは中長期的な業績押し上げ要因ともなり得よう。

 このように、企業のESG課題への対応が中長期的な成長の布石になる側面がある。様々な対応が要請されるCGコードも、目的は持続的な企業の成長である。多様性拡充を含むガバナンス(経営体制)整備も、様々な意見を経営に活かす中長期的な布石である。こうした様々な布石が実を結ぶのかという視点を通じた企業の評価がより重要になってこよう。

(若生 寿一)

※野村週報2022年新春号「ESG」より

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