筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「陸上・先端養殖」の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

陸上・先端養殖とは

 陸上養殖は、陸の上で水槽や循環ポンプ、ろ過槽などを用いて人工海水を循環させる養殖方法である。陸上養殖には「閉鎖循環式」の他に、海水を取り入れて汚れた水を排出する「かけ流し式」や一部を取水・排水する「半循環式」がある。ここでは「閉鎖循環式」を陸上養殖と定義する。持続可能な水産業を体現する手段として世界中から注目を集めている。

 先端養殖システムは「IoTセンサーやAIなどのデジタル/ロボット技術をフル活用して、従来の養殖システムとは一線を画した効率性や省力化を追求したハイテク養殖システム」である。現在、日本を代表する東北や四国、九州の水産養殖産地において、モニタリングやトレーサビリティーの一部でデジタル技術を活用した先進事例が散見され始めている。

 その一方、ノルウェーやチリで行われているように、デジタル・ロボット技術をフル活用して、稚魚の池入れから日々の生育・モニタリング、水揚げ、加工・包装・出荷の一連の養殖サイクルをハイテク化(超省力・効率化)している事例は国内では見つけられない。本稿では陸上養殖の市場動向を詳述する。

2005~10年の勃興期

 陸上養殖が日本で注目を集めた最初の時期は2005年ごろである。筆者はこの頃から10年あたりまでを陸上養殖の第一世代と呼んでいる。世界的に食料需給が逼迫(ひっぱく)し、新たな水産養殖システムとして陸上養殖が脚光を浴びた。その結果、多くの陸上養殖スタートアップが誕生した。代表企業は、愛媛の山奥で有機トラフグを養殖するオプティマフーズ(愛媛)やクロマグロを養殖するWHA(静岡)、流通が少なく高級魚として知られるクエを養殖する真栄水産設備(三重)などである。

 オプティマフーズは米国ミネソタ大学の医学部で免疫学や微生物学を専攻した専門家が最高経営責任者を務める会社として注目され、さまざまな国内VCが投資を行った。WHAは大学が有する地下海水技術とエアレーション技術をもとに陸上でクロマグロ養殖を行う世界初の企業として注目され、地元行政や流通企業などを巻き込んだプロジェクトを推進した。真栄水産設備はクエの陸上養殖に初めて成功した企業で、文部科学省の重点地域研究開発推進プログラムに認定された産官学のプロジェクトとして関係者の関心を集めた。

 第一世代を代表するこれら3社のスタートアップは、現在はいずれも事業を継続できていない。トラフグとクエの陸上養殖は、病原性の細菌やウイルスの侵入とまん延を防ぐことができず、実証プラントから商業プラントへの移行が進まなかった。また、クロマグロは稚魚の池入れから1年ほどかけて出荷予定サイズの半分(15キログラム程度)までの養殖には成功したが、それ以降の生育技術が定まらずに研究開発も頓挫した。

2015年以降の黎明期

 陸上養殖は15年ごろから再び注目を集めはじめ、この頃から現在を陸上養殖の第二世代と呼んでいる。背景には、各国による海洋環境規制の厳格化がある。実際、19年9月にデンマーク政府が海面養殖の新規発行枠を停止したように、世界的にみると環境面の影響から海面養殖の面積が今後拡大していくことは考えにくい。海面養殖を補完する手段として、また水産養殖の持続可能性を高める方法として現在、陸上養殖は世界中で注目を集めている。

 第二世代の代表的なスタートアップは、FRDジャパン(埼玉)とソウルオブジャパン(東京)である。FRDジャパンは16年からトラウトサーモンの生産実証を開始し、同社が有する水処理技術で、1日あたり換水率が0.2%前後という驚異的な閉鎖循環システムを開発している。陸上養殖で最大のリスクといわれる病原菌やウイルス発生の抑制に寄与するため、事業化への期待が高まる。現在、千葉県の実証プラントで順調に実証が進められており、21年以降に商業プラントの建設が計画されている。

 また、ソウルオブジャパンは津市でアトランティックサーモンの陸上養殖プラントを建設中で、21年秋頃の竣工(しゅんこう)・稼働を予定している。総工費は約220億円、出荷量は日本のアトランティックサーモンの年間輸入量の約10%に匹敵する年1万トンを計画している。世界でも類を見ない超大型の陸上養殖プロジェクトは、規模の経済を通じた陸上養殖の収益化への期待が寄せられている。

2025年ごろから普及期に

 陸上・先端養殖の19年の国内市場規模(水産品の出荷高ベース)を116億円と推計しているが、今後、年平均成長率は20%程度で伸長し、25年には412億円、30年には863億円に広がると予想している。

 当面、市場をけん引するのは先端養殖である。ノルウェーやチリのような養殖プロセス全体の自動化が普及するのは20年代後半だと推測するが、国内では生産プロセスを中心にIoTセンサーやコンピューター・システムなどのデジタル技術を取り入れる動きが急速に進むものと考えている。現在の国内の水産養殖市場に占める先端養殖のシェアは1.9%と推計しているが、25年には5%を超え、30年には10%を超えるものと予測する。

 先端システムの導入をけん引するシナリオは二つある。一つは既存の大規模養殖事業者が先端技術を導入しながら、さらに規模拡大を進めていくシナリオである。もう一つは、異業種企業による養殖ビジネスへの参入である。18年末に70年ぶりに漁業法が改正されたが、20年代は異業種企業による養殖ビジネスへの新規参入が相次ぐことで、水産分野への先端技術の導入が促進されるシナリオを想定している。

 一方、陸上養殖は25年ごろに普及期に入るものと考える。魚種はサーモン類がけん引し、25年には輸入量の15%強が、また30年には同4割程度が国内産に置き換わるものと予想している。このシナリオは、短期的な視点では、国内の各企業による実証結果に左右されるであろうが、中長期的な視点では、世界的な海面養殖の規制の影響から、陸上養殖が伸びる余地は大きいだろう。

 陸上養殖の普及を加速させるもう一つのシナリオは、新品種開発である。例えば、ノックアウト型のゲノム編集技術を活用することで、成長が早まる品種や病原性ウイルスに耐性がある品種などの開発が期待される。新品種開発は30年までには社会実装を迎え、陸上養殖の普及に大きく寄与するものと予測する。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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