筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「生産プラットフォーム」の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

 生産プラットフォームは、クラウドやセンサー、ビッグデータ、人工知能(AI)などのデジタル技術を活用して、生産プロセスの効率化や省力化に資するオンラインプラットフォームを指す。「耕種農業」と「畜産」、「水産」の三つの分野に分けて、国内外の市場動向を俯瞰する。

デジタル技術で生産効率化

 まず、稲作や青果、花卉(かき)などの耕種農業分野の生産プラットフォームには、農場や農作業、作物の情報をクラウド上で一括管理する営農支援システムの他、温湿度や日射量などの外部環境をセンサーで測定して温室内を最適な環境に維持する環境制御システムなどがある。

 この分野の先駆けは欧州である。代表企業はオランダのプリバである。同社は1977年に園芸施設向けの環境制御システムを開発し、国内外400社以上の代理店を通じて、日本を含む世界約100カ国に製品を供給している。環境制御システムの世界シェアは実に約7割に達する。

 米国の代表企業は、ファーマーズ・ビジネス・ネットワーク(FBN)とクライメート・コーポレーションの両スタートアップである。FBNは、さまざまな農業者の営農情報を閲覧できるプラットフォーム「FBN」を、また、クライメートは、農地や作物のリアルタイム情報を提供するプラットフォーム「Climate FieldView」をそれぞれ運営している。両プラットフォームは、気象予測などの個別機能の精度の高さや小型のブルー・トゥース装置を農業機械に差し込むだけで情報が収集できる高い接続性、そして農業機械メーカーや関連ソフトウエア企業などとの高い互換性などを強みとし、わずか5~6年で全米の主要穀物の総作付面積の半数程度にまで普及した。

 日本では2010年以降、富士通やNEC、日立製作所、トヨタ自動車、ソフトバンクグループ、オプティムなど、さまざまな上場企業から生産プラットフォームが開発されている。未上場企業ではベジタリアが市場をけん引し始めている。同社グループは、09年に設立された農業ベンチャーで、作物の生育状況や環境情報をリアルタイムでモニタリング可能なIoTセンサー「FieldServer」や「PaddyWatch」、農作業・農場を一括管理する生産プラットフォーム「agri-note」などの開発を行っている。

畜産分野はイスラエルがけん引

 畜産分野の生産プラットフォームをけん引するのは、牛一頭あたりの乳量が世界トップクラスのイスラエルである。代表企業は協同組合発のテック企業のアフィミルクであり、酪農管理システム「AfiFarm」などを世界50カ国で展開している。また、AIと機械学習の技術を駆使した酪農管理システムで急速にシェアを高めているスタートアップが「IDA for Farmer」の提供を17年に始めたオランダのコネクテラである。これらシステムは、牛に設置したIoTセンサーで牛の健康状態や活動状況に関するデータをリアルタイムに収集・解析しながら、AIが酪農経営者の意思決定に資する有用な情報を提供するプラットフォームである。

 日本の市場を牽引しているのは、13年に設立されたスタートアップのファームノートホールディングスである。14年から手がける牛群管理システム「Farmnote Cloud」は、スマートフォンやパソコンなどで、いつでもどこでも個体リストや活動履歴、投薬記録などの牛群情報を管理・記録・分析・共有することができる。

 これらのシステムは、高い機能性と視覚的に理解しやすいシンプルなインターフェースの他、導入コストを抑え利用過程で課金するサブスクリプションモデルなどを特徴とする。

いけす内を常時監視

 最後に水産分野である。主にいけす内の魚を常時モニタリングする養殖管理システムの開発が進められている。その先進国は水産大国ノルウェーである。サーモン類養殖で世界大手のサルマールは18年、150万匹のサーモン類をわずか3人で管理するハイテク養殖施設「Ocean Farm 1」の実証開発に成功した。この施設のいけす内には高感度カメラと全ての魚に埋め込んだセンサーでリアルタイムに魚の状態をモニタリングできるなど、日々の給餌を含めた基本的なオペレーションは完全に自動化されている。

 また、サーモン養殖大手のセルマックは、魚の個体管理養殖システム「iFarm」を18年に開発した。これはいけす内の高感度カメラとセンサー、3次元画像処理技術などを使って個々のサーモンを識別する「顔」認証システムである。いけす内の魚の数や個々の魚の大きさ、病気の有無などをリアルタイムに判別・記録することが可能となる。

 魚の個体管理を行う技術は、20年、米国のグーグルによっても開発されている。この養殖プロジェクトは「Tidal」と名付けられ、巨大ITプラットフォーマーが取り組む養殖管理システムとして、発表直後から大きな関心が寄せられている。

 日本では、富士通が18年から水産養殖の管理システムを開発するなど、大手企業で開発が進められている。

市場は年20%のペースで拡大

 生産プラットフォームの将来展望として、大きく二つの潮流を予測している。一つ目は特定のプラットフォームに農地や作物、農業者の情報が集約する「巨大プラットフォーマー化」の流れである。FBNやクライメート、コネクテラなどがその候補になるものと推察する。高い機能性と互換・接続性、視覚的に利用しやすいインターフェース、サービス提供の料金体系などがポイントとなろう。

 もう一つの潮流は、農機メーカーや農薬メーカーなど、関係企業の連携体によるプラットフォーム開発の動きである。その代表例が、17年に設立されたドイツの365ファームネットである。

 同社は欧州最大の農業機械メーカーであるドイツのクラース・グループや世界有数の化学メーカーであるドイツのBASFなど、約50社の関係企業によって設立されたスタートアップである。営農管理に必要な基本機能は全て無償で提供し、付加機能を参画各社がそれぞれ有料で提供するビジネスモデルを展開している。個々の企業が独自にプラットフォームを提供するのではなく、共通のプラットフォームを通じて付加サービスを提供する点にポイントがある。

 このように、生産プラットフォームは世界的に集約期を迎え始めており、市場は成長局面に突入すると推察している。19年の国内市場規模を190億円と推計しているが、今後、年平均成長率(CAGR)20%程度で伸長し、30年には1385億円に広がるものと予想している。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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