筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「農業用ドローン」の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

中国2社が市場創造

 農業用ドローンは、主に農薬や肥料の散布、生育調査や植生分析など農場のセンシング、受粉、農産物の運搬、鳥獣害対策などの目的で利用される。一般的には“マルチコプター”と呼ばれ、“シングルローター”の「無人ヘリコプター」とは区別されている。

 2018年以降、国内農業分野で急速に普及が進んでいる。小型で利便性が高く、スペックによるが1台が数百万円と、約1300万円の無人ヘリコプターと比べて安価で、大規模農業経営の効率化と省力化に直結することなどが背景にある。トラクターと並んで大規模な稲作農業経営において必要不可欠な農業機械に位置付けられ始めている。

 農業用ドローンの歴史は浅く、中国の大手ドローンメーカーであるDJIとXAGの2社が16年以降に市場を創造した。世界初の農業用ドローン製品は、DJIが15年11月に発表した。この製品は16年に中国で初めて販売されたが、急速に普及し、中国での普及機体数は20年2月末時点で8万台を超えているものと推計している。

DJIが世界で初めて商品化

 DJIは、「世界に先駆ける空撮システムを開発する」というビジョンのもと、06年に中国・深圳で設立された民生用ドローンメーカーである事業領域は、農業のほか、空撮や測量、インフラ点検、配送(物流)、教育など多岐にわたる。09年に、ドローンの心臓部といわれるフライト・コントローラーを世界に先駆けて開発し、一般消費者向けのドローン市場を開花させた。農業用ドローンは12年から研究をはじめ、15年に農業部門を立ち上げ、その翌年、世界初となる農業用ドローン「AGRAS MG-1」を開発・発売した。

 DJIの特徴は高い製品開発力にある。全従業員の約25%にあたる3500人程度がエンジニアとして製品の研究開発に携わっている他、製品の用途が多岐にわたるため、他の用途で培った技術やノウハウが農業用ドローンの新機能の開発などにも寄与しているものと考えられる。

 日本法人のDJI JAPANは13年に設立され、17年から農業用ドローンの取り扱いを開始した。農業分野で提携する代理店は全国で約85カ所あり、これらの代理店を通じて、農業者へサービスが提供されている。現在、日本の農業用ドローンのうち、実に7割程度がDJI製だと推定される。

42カ国で展開するXAG

 DJIとともに、世界の農業用ドローン市場を牽引するのは中国・広州のXAGである。同社は「農業をもっとスマートにする」というビジョンのもとに07年に設立された農業用ドローン専業のメーカーである。14年から農薬散布の請負サービスを実施しながら、16年に農薬散布用の完全自動飛行ドローン「P20」を発売した。

 現在、同社の製品は42カ国で販売されており、中国を中心に累計出荷台数は5万台、操縦者数は6万人を超えており、農薬散布の総面積は世界で約2500万ヘクタールにも及ぶ。

 XAGのエンジニアは全従業員の6割にあたる800人程度であり、いずれも農業分野に特化したドローン開発を担う人材である。また、同社自身でも製品の末端顧客である農業者向けに、農薬散布サービスを行っている点も特徴である。製品課題や現場のニーズをダイレクトに吸い上げる「場」と「機会」を有し、既存製品のチューニングや新機能・製品の開発に生かされている。日本法人は16年に設立され、DJIと同様、全国の代理店経由でエンドユーザーへの各種サービスを提供している。

日本ではDJIが圧倒的シェア

 日本のドローン市場は、17年にDJIが製品販売を開始し市場が開花した。登録機体数は右肩上がりで伸び続けており、20年2月末時点で3000台を超えたものと推算する。中国市場と比べると少ないが、日本の農業機械製品の歴史において、短期間にこれほど普及した農業機械は、1950年代の歩行型トラクター以来と推察する。農業経営の効率化と省力化が、目に見える形で成果として表れることが、その要因であろう。

 日本のドローン市場で圧倒的なシェアを持つのはDJIである。現在、7割程度のシェアを占めているものと試算する。続いてXAGである。XAGは2018年から日本の代理店網を拡充するとともに、同年、農薬分野で世界首位のドイツのバイエルと業務提携し、日本市場での急速なシェア拡大が始まっている。日本企業では、無人ヘリコプターで圧倒的な国内シェアを持つヤマハ発動機や、薬剤散布と生育診断を同時に自動実行する製品を有するナイルワークス(東京)の他、エンルート(埼玉)、TEAD(群馬)、マゼックス(大阪)などがある。

2030年に1400億円市場に

 農業用ドローンは、既に稲作分野は普及期に入っているが、今後、対象品目や用途が広がり、市場は伸長していくものと考える。筆者は19年の農業用ドローンの国内市場規模を600億円弱と推計しているが、今後、年平均成長率9.1%で伸長し、30年には1400億円程度に拡大するものと予想している。

 今後、対象品目は、農薬取締法の緩和などを受けて登録農薬数が増加し、水田作物から飼料・畑作物、露地野菜、果樹、茶などへの広がりが見込まれる。また、用途は、現在の農薬散布からセンシングや肥料散布、播種、受粉、収穫作物等の運搬、施設園芸に広がるものと予測する。さらに、ドローンを使った散布代行や生育診断を行うサービス分野の他、水産や畜産用途にも広がりを見せ始めるものと考えている。

 このうち、20年代で最も市場の伸び率が高い分野は「サービス分野」と予想している。薬剤散布や生育診断の代行サービスだけでなく、物流や流通分野にも踏み込んだ画期的なサービスも期待されよう。これらサービスの実施主体として、ドローンメーカーの代理店やJAグループが担う他、地域金融機関が立ち上げる地域商社や異業種企業が新規ビジネスとして取り組むシナリオを想定している。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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