筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は2020年代のフードテック業界で最も注目される「代替タンパク」の市場動向と展望を前編と後編に分けてお伝えしたい。前編となる本稿では、主に代替タンパク市場が注目を集める背景を俯瞰(ふかん)する。

代替タンパク市場は古くから存在

 足元、国内外で大きな注目を集めている分野であるが、いわゆる“代替食品”といわれる食品は日本でも古くから存在した。例えば、バターの代替である「マーガリン」や、カニ肉の代替である「カニカマ」、牛肉の代替である「大豆ミート」、小麦粉の代替である「米粉」、ビールの代替である「発泡酒」などがそうであり、主に価格面(一部、アレルギーや健康などの機能面)に着目した商品開発が行われてきた。欧米や中国などの他国でも、大豆ミートなどの代替食品はだいぶ前から発売されていた。

市場の裾野広がる

 それでは、2010年代後半から欧米を中心にこの分野に注目が集まり始めた理由は何か。大きく三つが考えられる。

 一つ目は、消費者の健康への意識の高まりである。前述したように、もともと欧州には野菜を中心とした食生活を送るベジタリアンや、菜食主義者といわれるビーガンが存在していたが、10年以降、米国でも健康意識の高まりによりベジタリアンやビーガンが増加している。実際、09年には全人口の1%程度(約300万人)であった米国のベジタリアンやビーガンは、20年にはおよそ10%(約3000万人弱)に増加したと推計しており、市場の裾野が広がっている。

社会課題に関心持つ「ミレニアル世代」の台頭

 二つ目は、米国の若者を中心としたリベラル層による環境問題などへの関心の高まりである。いわゆる「ミレニアル世代」の台頭である。背景としては、15年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の影響が大きい。

 実際、畜産業が地球環境に与える影響は小さくない。国連食糧農業機関(FAO)によると、人為的に排出されている温室効果ガスの14.5%が畜産業に由来し、毎年、家畜から放出されるメタンガスは、石油に換算すると南アフリカ国に電力を供給する量に匹敵する。植物性由来の代替肉を通常の畜産と比較すると、温室効果ガスは90%程度、必要な水は99%それぞれ削減できるといわれる。

 また、昨今、欧米の消費者において、健康や環境問題と並んで高い関心を持つのが「アニマルウェルフェア(動物福祉)」である。人間の生命を維持するために牛を飼育し“と畜”する行為を是としない考えを持つ消費者が増加している。グーグルの共同創業者であるセルゲイ・ブリン氏もその一人で、同氏は13年に世界初となる培養肉の開発に成功したオランダのマーストリヒト大学の研究におけるスポンサーとしても著名である。15年以降、躍進を続ける植物肉や培養肉のスタートアップには、ビル・ゲイツ氏やレオナルド・ディカプリオ氏などの米国の著名人が多く投資を行っているが、彼らの関心は環境や動物福祉の問題解決であり、言い換えると持続可能な畜産製品の生産システムの構築に期待を寄せている。

普及加速の最大理由は「味」の劇的な改善

 この分野が注目を集める三つ目の理由は、テクノロジーの向上による「味」の劇的な改善である。昨今の植物肉のブームを巻き起こした米国のスタートアップであるビヨンド・ミート社やインポッシブル・フーズ社の製品が消費者の支持を集めた最大の理由でもある。

 これまで各国で発売されていた大豆ミートは、見た目は肉に近いが、消費者の声としては「味は肉とは似て非なる食べ物」という意見が大半を占めていた。ビヨンド・ミート社の植物肉製品はこれを劇的に変えた。その証拠に、これまでの大豆ミート製品は食品スーパーの売り場の隅にある“もどき食品コーナー”で売られていたが、同社の植物肉は全米スーパーとして初めて、ホールフーズ・マーケットの「精肉売り場」で販売された。これまであった大豆ミートなどの“もどき肉”とは一線を画した商品性であることがうかがえる。

 味の改善だけでなく、同社の製品は精肉売り場で「生」の状態で販売されている点も画期的と言える。本物の肉と同様、フライパンなどで焼く一連の調理体験までを再現しているからだ。こうした代替肉の登場は、もともと健康や環境、動物福祉などに高い意識や関心を持つ消費者の食生活を転換させる大きな契機となった。

30年の国内市場規模を約7000億円と予想

 このような市場環境を受けて、現在、世界中で植物肉をはじめとするさまざまな代替タンパク製品の研究開発が始まっている。筆者は、代替タンパクを代表する製品カテゴリーとして、①植物肉(代替肉)②培養肉(同)③植物性ミルク/乳製品(代替ミルク/乳製品)④植物卵(代替卵)⑤植物性・培養シーフード(代替水産品)⑥昆虫タンパク(昆虫食)⑦その他食用タンパク(藻類等)⑧代替飼料(代替魚粉等)―の八つに区分けしている。これら八つの製品カテゴリーに限定した20年の代替タンパクの国内市場規模を、筆者は1384億円(前年比31.3%増)と推計しており、今後、CAGR(年平均成長率)17.7%で伸長し、30年には7070億円に達すると予想している。

 国内では、現在市場の大半を占める植物肉と植物性ミルク・乳製品が引き続き市場をけん引するものと推計し、それに続く分野として、20年代中頃から、海外製品の輸入を中心に、培養肉や培養シーフードが徐々に普及を始めるものと予測している。培養肉は、牛や豚、鶏、マグロ類などの筋幹細胞を培養して製造される。製品が上市されていないこともあり、今のところ国内の反応は薄い。一方、欧米では「持続可能な畜産製品」として消費者の期待は高い。21年には、米国の著名スタートアップ企業が、世界に先駆けてシンガポールで初となる培養肉製品が上市される予定である。

 次回の後編では、八つの製品カテゴリーの中から、注目するカテゴリーの事業動向や注目企業について述べたい。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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