筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「流通プラットフォーム」の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

デジタル技術を活用した取引プラットフォーム

 筆者は、流通プラットフォームの定義を「デジタル技術を通じて既存の生鮮流通・取引とは一線を画したオンライン上のプラットフォーム」としている。新型コロナウイルス禍を背景に、市場が急拡大している農水産事業者の電子商取引(EC)がその代表分野である。デジタル技術を活用した生鮮流通・取引の革新は卸売市場にも広がりつつある。

世界をけん引する中国

 流通プラットフォームで世界をリードするのは中国である。EC市場で世界最大手のアリババグループや中国第2位のJDドットコムは、2010年代中頃から生鮮食品の取り扱いを注力しはじめたが、この時期にオンライン上のプラットフォームを開発するスタートアップが次々と誕生している。その代表格は美菜(メイサイ)である。中国有数のユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場新興企業)で、中国全土の農業者と都市部の飲食店をつなぐB2B(企業間取引)型の食材ECプラットフォームを運営している。14年の設立から6年足らずで中国100都市以上に展開し、70以上の生鮮物流拠点(倉庫)と3000台以上の配送トラックを保有し、顧客である飲食店の口座数は200万件を超えている。また、卸売市場のデジタル化も始まっている。中国全土で38カ所の卸売市場を開発・運営している深圳農産物グループは、15年から各市場内にアリババのECサイトなどに出店する事業者のための新施設「EC棟」を建設した他、各市場関係者をつなぐECプラットフォームを整備している。決済手段とトレーサビリティー情報の提供にQRコードを役立てている他、各テナントの日々の取引・経営情報をビッグデータ解析することでスコア化して、テナント向けの金融サービスも実施されている。

欧米ではユニークなビジネスモデル

 欧米では、EC市場で世界第2位・米国首位のアマゾン・ドットコムが市場をけん引している。生鮮品の宅配サービス「アマゾン・フレッシュ」を07年から開始した他、17年に同大手高級スーパーのホールフーズ・マーケットを買収し、オンラインとオフラインを融合させたO2O(オンライン・ツー・オフライン)型のマーケティング戦略で新たな市場を創出している。15年以降、スタートアップによるユニークな取り組みも進んでいる。16年に設立された米国のアグリゲーターは、中小零細の農業者と都市部の食品小売やレストランをつなぐB2B型の農産物ECプラットフォーム「Aggrigator」を運営している。これは、個々の農業者の小規模な物量を組み合わせて供給ロットを大きくする一方、バイヤー側の小口注文も同様な組み合わせにより発注ロットを大きくしてマッチングさせている。いわば、農協と生協の特徴を併せ持つプラットフォームといえる。

 また、オランダのパンヨーロピアン・フィッシュオークションは、卸売市場向けに鮮魚のオンライン取引プラットフォーム「Pefa Auction Clock」を開発している。現在、オランダとデンマーク、イタリア、スウェーデンの4カ国・14都市の卸売市場で運用されており、バイヤーは市場に出向くことなく、スマートフォンやタブレット、パソコン(PC)経由でセリ取引に同時に参加できる。

日本では売買当事者がオンライン上でコミュニケーション

 国内の流通プラットフォームの草分け的な存在は、2000年に設立されたオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)である。一品から注文できる利便性と豊富な商品ラインアップ、農家との固有ブランド開発、独自の安全基準の策定などの取り組みを通じて、徐々に会員数を増やしていった。10年になり、食品スーパーや百貨店などのネットスーパーへの事業参入が相次いだ。同時に、楽天が12年に子会社を通じて生鮮食品の宅配サービス「楽天マート」を開始し、また17年には「アマゾン・フレッシュ」のサービスが日本でもはじまり、ECビジネスを専業とする企業によるビジネス展開も熱気を帯び始めた。

 新しい潮流が生まれたのは15年前後からであろう。生産者が消費者や実需者とオンライン上で直接コンタクト可能な場を提供するサービスが開始された。15年設立の「ポケットマルシェ」や16年設立のビビットガーデンの「食べチョク」などが著名である。これらのプラットフォームは、購入者である消費者が出品者である生産者と直接コミュニケーションを取りながら生鮮品を購入できる点で、これまでの食品宅配・ECサイトとはモデルが異なる。物量などの面で販路が限定される小規模生産者からみると、自身の生産プロセスや商品のこだわりを、オンライン上で直接、消費者へ伝えることができる新たな取引の場となるだけでなく、消費者やバイヤーとの直接のコミュニケーションを通じて、自身の商品やマーケティング手法などの改良を促す副次的効果も期待される。

2020年代は取引機能の拡充と卸売市場のデジタル化が推進

 筆者は、農水産物(生鮮品)の19年の流通プラットフォームの市場規模(生鮮品のEC取引高)を633億円と推計しており、25年に1165億円、30年には2065億円に拡大するものと予測している。その際、大きく二つの方向性を想定する。一つ目は、提供される機能やサービスの拡充・刷新である。例えば、リアルタイム動画を活用して、商品の情報や魅力を伝える機能の他、漁獲されたばかりの水産物のセリ取引を船上で行うライブ感のある付加サービスも予想される。生鮮EC取引の大きな課題である「物流費」に関しても、個々の配送ではなく、都市部の共同倉庫へ一括配送し、発注者が引き取りに来るモデルも考えられる。もう一つの方向性は、卸売市場のデジタル化である。生鮮取引の直接販売が進む中、卸売市場の衰退論を唱える声も少なくないが、筆者はそうは思わない。卸売市場の流通高は縮小しているとはいえ、依然として7兆円を超えており、これからも生鮮流通の「要」である。また、毎日、全国津々浦々の産地から商品が持ち込まれているが、これは農水産物に関する膨大な「ビッグデータ」である。

 生鮮流通に携わる企業やGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などの巨大ITプラットフォーマーからみると、喉から手が出るほど欲しい宝の山だと考える。卸売市場には大きな事業機会が眠っているが、残念なことに、産地とデータ連携がなされていない。産地から食卓までの生鮮流通のトレーサビリティーが完結していない大きな要因の一つであろう。卸売市場は、本来、産地や食品商社、物流企業、食品スーパーや外食チェーンなどの流通企業といった食のサプライチェーンの各関係者へ有益なサービスを展開できる絶好の立ち位置にあり、デジタル技術を活用したビッグデータの収集とその解析などの取り組みに期待が集まる。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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