筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、今回は「ロボット農機」の市場動向と将来展望をお伝えしたい。

農機の歴史を切り開いたトラクター

 農業分野で使用される機械は多々あるが、そのうち、トラクターと田植え機、コンバインの三つは稲作経営(穀物農業)において欠かせない“三種の神器”といわれる。その要はトラクターであろう。トラクターの開発とともに、農機の歴史がはじまったといっても過言ではない。トラクターの元祖は、19世紀中頃に英国で開発された蒸気機関式だといわれているが、安全面に課題があり、普及することはなかった。

 蒸気機関式よりも軽くて扱いやすい最初のエンジン式トラクターは1890年に米国で開発され、その普及に大きく貢献したのが大手自動車メーカーのフォードである。1917年に「フォードソン・トラクターF型」を開発し、ライン生産方式により価格を大きく下げることに成功した。20年代には欧州で製造を開始した他、欧州のメーカーも同方式によるトラクター製造の取り組みを開始し、欧米で普及が進んだ。田畑の耕起や肥料の散布、荷物の運搬や牽引など、これまで牛や馬などの家畜に依存していた欧米の農家の生産性を飛躍的に高めた。農作業の機械化は、米国農業における大規模化と組織化を推し進めるきっかけにもなった。

2010年代中頃から自動化・無人化が本格化

 日本国内でトラクターが普及しはじめたのは1950年以降である。歩行型トラクターといわれる耕運機が牛や馬などの家畜に代わって50年代から普及し、乗用型のトラクターが60年代から浸透しはじめ、稲作経営の効率化に大きく寄与した。フォードソン・トラクターF型の登場からほぼ1世紀が経過した2010年代中頃から農機の自動化・無人化に向けた開発が産学官で始まると、農業分野に大きな効率化と省力化をもたらし、就農人口の減少や高齢化による人手不足を補う手段として期待が高まっている。また、自動化や無人化は最小限の操作のみを人手で行えば良いため、稲作経営の大規模化に資する他、経験や勘に頼っていた農作業からの脱却、若者や企業などの多様な担い手の就農や農業参入に寄与することも見込まれている。

 そもそも、トラクターなどの農機の自動化は、1990年代から国の研究機関や一部の企業などで研究が進められていた。しかし、当時は農業人材の不足という大きな切迫感もなく、製品の開発と実装が行われることはなかった。その後、日本の少子高齢化の進展とともに農業人材の不足が年を追うごとに深刻化し、農林水産省が2013年11月に「スマート農業の実現に向けた研究会」を立ち上げた頃から、農機メーカー各社や産官学のコンソーシアムなどにより、農機の自動化に関する研究と開発が本格化した。

大手メーカーは「レベル2」まで商品化

 農水省の定める自動化レベルにおいて、使用者が搭乗した状態での自動化に相当する「レベル1」の製品を国内で初めて開発・販売したのがクボタである。16年、ハンドル操作を一部自動化(オートステアリング化)した「直進キープ機能付田植機」と「自動操舵機能付畑作大型トラクタ」を、また、18年には「自動運転アシスト機能付アグリロボコンバイン」をそれぞれ発売した。

 有人監視化での自動化である「レベル2」は、作業者が農場内または周辺から常時監視下状態でトラクターや田植え機、コンバインを無人で自動走行させることを指す。単独での無人走行の他、1人の作業者が無人機と有人機を使用する協調運転も可能である。レベル2のトラクターは、17年6月からクボタがモニター販売を開始し、翌年10月にヤンマーアグリ、同年12月に井関農機が続いた。この製品は赤外線センサーや超音波ソナーなどを装備し、安全性能が格段に上がり、小売価格で軽く1000万円を超える。価格面で買い替えの壁もあり、例えば、ヤンマーアグリの製品は、業界では珍しい既存製品への“後付け”を可能としている。

 トラクターでは大手メーカーによるレベル2の製品が出そろったが、田植え機とコンバインの発売はこれからである。田植え機についてはクボタが年内の発売を予定しており、コンバインについては、21年後半または22年中頃の販売開始が予想されている。

完全無人化の「レベル3」には課題多く

 遠隔監視化で完全自立走行を行う「レベル3」はどうか。農水省は当初、レベル3を20年までに実現する目標を立てていたが、実現にはまだ時間を擁する。製品の技術だけをみると、コンバインを除いたトラクターと田植え機は既に実用レベルに近づいていると推察するが、レベル3の社会実装には製品の技術面だけでなく、インフラ面や法律面などで整備すべきさまざまな課題がある。

 例えば、ロボット農機がスムーズに自動走行するための農道整備が必要になる。現在、大半の農道は凸凹が多く、とてもロボット農機が自動走行できる状態にはない。また、遠隔監視の距離にもよるが、農道だけでなく公道を走る必要がある場合、現状は作業機械を装着した状態での公道走行は禁止されているため法改正も必要となる。

 さらに、自動運転に不可欠な高精度の3Dデジタル地図「ダイナミックマップ」の作成の他、大容量の画像や大量のデータを農村で流すための高速通信インフラの普及も求められる。その際、電波法の改正も必要となるかもしれない。筆者は、レベル3製品の最初の販売時期を23年後半、そして普及は20年代半ばと予測している。

10年後に10倍超の市場拡大を予測

 ロボット農機を、「国の自動化レベルでレベル2以上のトラクターと田植え機、コンバイン」と定義した場合、20年の国内市場規模を144億円、25年を665億円、30年を1595億円とそれぞれ予測している。ロボット農機の市場が広がるに連れて、製品販売の他に、「サービス」が普及し始めると予想している。

 例えば、農業者に代わって耕運や田植え、収穫代行を行うサービスや、地域の農事組合法人へロボット農機を貸し出すシェアリングサービスなどである。ロボット農機の中でも特にコンバインはより高価であり、トラクターと異なり、基本的に年1回しか利用しない。このような背景があり、今後、関連サービスが広がるものと考えている。サービス事業者としては、ロボット農機を所有する代理店や地域のJAグループ、大手農業法人の他、新規事業として取り組む異業種の企業などが想定される。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など

※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より10日間のシリーズとして配信予定です。 

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