筆者は「フード&アグリテック」を九つのサブセクターに区分けしているが、前回はフードテック最注目の「代替タンパク」の前編として市場概要をお伝えした。後編となる本稿では、代替タンパクのコア・カテゴリーである「植物肉」の事業動向と先進スタートアップについて説明し、最後に、植物肉に次ぐ今後の注目カテゴリーである「培養肉」についても触れたい。
代替タンパク市場をけん引する植物肉
前回述べた通り、筆者は代替タンパクの製品カテゴリーを主に八つに分けているが、代替タンパク市場をけん引し今後も高い市場成長が期待されているのが「植物肉」である。植物肉は、米国のビヨンド・ミート社とインポッシブル・フーズ社の2社が2010年代前半に商品を上市し、後半に市場を創造した。09年に設立されたビヨンド・ミート社は、13年に同社初の製品となる「ビヨンド・チキン」を上市し、翌年には植物由来のひき肉「ビヨンド・ビーフ」を、そして15年には同社の看板製品となったハンバーガー用パティ「ビヨンド・バーガー」を、それぞれ上市した。21年5月現在、牛肉と豚肉、鶏肉の畜産3分野の植物肉製品が、米国全土のホールフーズ・マーケットやスターバックスコーヒー、ケンタッキー・フライド・チキンなどの食品小売・飲食店で流通している。さらに、20年9月にはビヨンド・ミート社初となる海外工場を中国に建設することを発表し、中国を中心にアジア市場での本格的な展開を開始している。
ビヨンド・バーガーの主原料は、エンドウ豆から抽出したたんぱく質であるが、本物の牛肉ハンバーガーの食感を再現するために、アラビアガムやジャガイモのデンプンなど計22の植物原料を使用している。霜降りはココナツオイルとココアバター、肉の赤身はビーツ、風味や香りは酵母エキスなどで、それぞれ絶妙に再現している。こうしたバイオテクノロジーを駆使した「味」の劇的な改善こそが、昨今の植物肉普及の最大の要因だと考えている。
日本の植物肉マーケットで注目のスタートアップ2社
一方、日本国内では、1960年代から大豆ミート製品を開発している不二製油グループ本社が著名である。日本で流通している大豆ミートの大半には、同社の原料や製品、技術が直接または間接的に用いられている。その他の大手企業では、大塚食品や伊藤ハム、日本ハム、丸大食品、日本アクセスなどが植物肉製品を上市している。
成長著しい植物肉市場で大手食品メーカーの新規参入が相次いでいる中、国内のスタートアップで注目を集めている企業は、DAIZ(熊本)とネクストミーツ(東京)の2社である。15年に設立されたDAIZは、発芽大豆由来の植物肉「ミラクルミート」を開発・製造している。これまでの植物肉は、大豆搾油後の残渣(ざんさ)物である脱脂加工大豆を主原料としているが、同社は原料に丸大豆を使用し、さらに高オレイン酸大豆を使用することで大豆特有の臭みをなくし、異風味を低減することに成功している。また、味や機能性を自在にコントロールするコア技術の発芽法で、うま味や栄養価を増大させるとともに、肉のような弾力性と食感を再現している。19年12月より本格展開してきた同社のミラクルミートは、この1年余りでフレッシュネスバーガーやイオンなどの大手企業との連携が進み、普及し始めている。今年4月に実施されたシリーズBの資金調達では、味の素や丸紅、ENEOSホールディングス、農林中央金庫など計16社から総額18.5億円(累計資金調達額は30.5億円)を調達し、5月には米国ボストンに100%子会社(DAIZ USA)を設立して世界最大の植物肉市場である米国へ参入することを発表した。
ネクストミーツは20年6月に設立された代替肉スタートアップで、焼き肉代替肉「NEXTカルビ」や「NEXTハラミ」の他、「NEXTハンバーガー」などを開発・製造している。同社は国内大手他社が製造する「大豆ミート」ではなく、ビヨンド・ミート社やインポッシブル・フーズ社と同様に、生命科学や食品・遺伝子工学を駆使して、“本物の肉を再現”することを志向している。20年11月に焼き肉チェーンの焼肉ライクの一部店舗でNEXTカルビを販売したところ、想定以上の反響を受け、12月からは全店舗での販売が開始されている。また、同月に豊田通商とパートナーシップの基本合意を発表したのを契機に、21年1月には米国市場にSPACスキームでOTCBBに上場し、現在、台湾やシンガポール、ベトナムでも事業展開している。さらに、2月にはユーグレナとの共同開発商品「NEXTユーグレナ焼肉EX」やオイシックスでの同社商品の取り扱いが発表され、3月末にイトーヨーカ堂の精肉売り場での販売が開始されるなど、事業が急拡大している。
植物肉市場の展望と規模予測
日本の消費者は、欧米と比較をすると、地球環境や動物福祉などに高い関心を持つ層はそう多くないといわれる。しかし、今後はSDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラル(脱炭素)への取り組みが、食を提供する小売業や飲食業でよりいっそう求められるものと考えられ、調達先や売り場、メニューなどの改善が急激に進む可能性がある。筆者は30年における国内の畜産品流通総額を2兆8400億円と推計しているが、そのうちの約10%に当たる2860億円が植物肉に代替されると予測している。
同様に、植物肉の30年の世界市場を15兆3110億円と推測しており、そのうち46%が中国、32%が北米となり、この2カ国で世界市場の8割弱を占めるものと予想している。
シンガポールで世界初上市となった培養肉
植物肉の次に注目される代替タンパクの製品カテゴリーは、培養肉である。培養肉は生産プロセスが従来の畜産と異なるため、植物肉と同様に代替肉といわれるが、牛や豚、鶏などの家畜の細胞を採取・培養して製造される“本物の肉”であり、実は植物肉と似て非なる製品である。そのため、培養肉は「味」はもちろん、植物肉で再現しにくい「食感」や「栄養」を本物と同様に再現できる。また、「と畜」の必要がなく、地球環境にも負荷がかからないため、別名「クリーンミート」とも呼ばれている。
培養肉の先進スタートアップは、13年に世界で初めて培養肉を開発したオランダのモサ・ミート社や米国シリコンバレーのメンフィス・ミーツ社、植物卵(液卵)で米国トップシェアを誇るユニコーン企業のイート・ジャスト社などがある。世界で初めて培養肉製品の上市(販売許可)にこぎ着けたのが、イート・ジャスト社である。
同社が開発した鶏の培養肉「GOOD MEAT」は20年11月末にシンガポールで販売許可が下り、21年に入って同国の一部レストランでの流通が開始された。培養肉は、13年にグーグル共同創業者のセルゲイ・ブリン氏の資金提供により“培養肉の父”といわれるオランダ・マーストリヒト大学のマルク・ポスト博士が開発したが、当時はハンバーガー用パティを一つ製造するのに約3000万円のコストが掛かっていた。それから7年程度で製造コストは1000円程度にまで下がり、イート・ジャスト社による世界初の培養肉製品の市場流通が実現した。
筆者はもともと培養肉の30年の世界市場を8600億円程度とみていたが、上市が想定より1年半前倒しとなったため、市場はさらに膨らむ可能性が高い。今後の各国の培養肉承認の動向に注目が集まる。
佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など
※「野村のフード&アグリ経営塾」は、8月14日より本日まで10日間のシリーズとして配信いたしました。
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